2023年2月28日火曜日

白石歌015鷓鴣天⑦

鷓鴣天

十六夜出

1輦路珠簾両行垂、千枝銀燭舞僛僛。
2東風歴歴紅楼下、誰識三生杜牧之。

3歓正好、夜何其、明朝春過小桃枝。
4鼓声漸遠行人散、惆悵帰来有月知。

 

十六夜に(でかけ)

 

輦路(おおどおり)は珠簾が両行(にれつ)に垂れ、千枝(たくさん)銀燭(ちょうちん)に舞は僛僛(ゆらゆら)

東風(はるかぜ)歴歴(あかる)い、紅楼(たかどの)の下、誰が()ろう、三生の杜牧之を。

 

3歓びが(まさ)(すばら)しいとき、夜は何其(どのくらい)、明朝は春が小さな桃の枝を(とおりすぎ)るだろう。

4鼓の(おと)(しだい)に遠くなり、(みちゆ)く人は散り、惆悵(さび)しく帰来(かえ)ってきた、月は知って()る。


慶元三年(1197)、四十三歳の作。 1輦路:天子の車が通る大通り。 僛僛:酔って舞が傾くさま。『詩経』小雅「賓之初筵」に「賓既酔止、載号載呶。乱我籧豆、屡舞僛僛」とあり、毛伝に「僛僛、舞不能自正也」とある。のちにゆらゆら舞うさま。 2歴歴:はっきりしている。 紅楼:華麗な建物。多くは女性がいるところ。 三生:仏教語で前生・今生・来生の三生。ここは前生をいう。 杜牧之:唐の杜牧、字は牧之。白石は033「琵琶仙」でも「十里揚州、三生杜牧、前事休説」と、杜牧に自分をなぞらえている。 3夜何其:夜はどれほど深いのか。『詩経』に見える語。「其」は語尾助詞。

白石歌015鷓鴣天⑥

鷓鴣天

元夕有所夢

1肥水東流無尽期、当初不合種相思。
2夢中未比丹青見、暗裏忽驚山鳥啼。

3春未緑、鬢先糸。
4人閒別久不成悲。
5誰教歳歳紅蓮夜、両処沈吟各自知。


元夕に夢みた所が有った

 

1肥水は東に流れて尽きる(とき)が無い、当初から相思※を()える不合(べきではな)かった。

2夢の中では丹青()と比べて未見(ぼんや)り、暗い(なか)(ふっ)と山鳥が啼いて(めがさめ)た。

 

3春がは未緑(はや)い、鬢が先に(しらが)となる。

人間(このよ)で別れて久しいと、悲しみも不成(なくな)る。

5誰がさせ()るのか、くる歳くる歳、紅蓮(ともしび)の夜、両処(はなればなれ)沈吟(ものおもい)する、各自(たがい)(わか)っている。


慶元三年(1197)、四十三歳の作。

⇒『宋詞三百首』183鷓鴣天(姜夔)

白石歌015鷓鴣天⑤

鷓鴣天

元夕不出

1憶昨天街預賞時、柳慳梅小未教知。
2而今正是歓遊夕、却怕春寒自掩扉。

3簾寂寂、月低低、旧情惟有絳都詞。
4芙蓉影暗三更後、臥聴鄰娃笑語帰。

 

元夕に不出(でかけな)かった

 

(おもいだ)す、(きのう)天街(おなりみち)、預賞の時、柳の()と梅の(つぼみ)未教知(しられていな)い。

而今(いま)正是(まさ)歓び遊ぶ(ゆうべ)(おもいがけ)ず春の寒さを(おそ)れて自ら扉を(とざ)す。

 

3簾は寂寂(ひっそ)、月は低低(ひく)く、(むかし)(おもい)()だ「絳都」の(うた)だけに有る。

芙蓉(はなちょうちん)の影が暗い、三更の後、(よこにな)って鄰の(むすめ)笑語(わら)いながら帰ってきたのを聴いている。


慶元三年(1197)、四十三歳の作。 1元夕:正月十五日。元宵。 1天街:天子の御成り路。預賞:臘月十五日から正月十五日の元宵まで、提灯を試す習俗があり、これを「預賞」と呼んだ。 柳慳:柳の葉が芽吹いたばかりで柔らかいさま。「慳」は吝嗇の意。 3絳都詞:「絳都春」という詞調名。北宋・丁仙現在に「絳都春(融和又春)」詞があり、汴京の元宵を詠っている。これを指すか。 4芙蓉:ハスの花。ここは花提灯をいう。陸游「灯夕有感」に「芙渠紅緑亦参差」とある。

白石歌015鷓鴣天④

鷓鴣天

正月十一日観灯

1巷陌風光縦賞時、籠紗未出馬先嘶。
2白頭居士無呵殿、只有乗肩小女随。

3花満市、月侵衣、少年情事老来悲。
4沙河塘上春寒浅、看了遊人緩緩帰。

 

正月十一日、(ちょうちん)を観る。

 

巷陌(はなまち)風光(ふうけい)(ほしいまま)(めで)る時、籠紗(うすぎぬのちょうちん)未出(まだで)いのに(若者の乗る)馬が先に嘶く。

白頭(しらがあたま)居士(わたし)には呵殿(さきばらい)(いな)い、()だ肩に乗る小さな(むすめ)が有て()いてくる。

 

3花は市に満り、月は衣を侵し、少年のころの情事は老来(おい)て悲しい。

4沙河塘の(ほとり)で春が(つめ)たく浅いころ、遊人(ものみきゃく)緩緩(ゆっくり)と帰るのを看了(みてい)た。


慶元三年(1197)、四十三歳の作。 1籠紗:薄絹でおおった提灯。 2呵殿:儀仗隊について人払いする者。 4沙河塘:杭州の城南五里にあり、当時とても繁華な場所だった。

白石歌015鷓鴣天③

鷓鴣天

丁巳元日

1柏緑椒紅事事新、鬲籬灯影賀年人。
2三茅鐘動西窓暁、詩鬢無端又一春。

3慵対客、緩開門、梅花閑伴老来身。
4嬌児学作人間字、鬱塁神荼写未真。

丁巳元日

 

1柏緑と椒紅、事事(なにもかも)が新しい、籬を(へだて)て影を(うつ)す、年を(いわ)う人々。

三茅(てら)の鐘が動かす、西の窓の(あかつき)、詩(人)の鬢に無端(はしな)()た一春。

 

3客に(むか)うのも(ものう)い、(ゆっくり)と門を開けると、梅の花が(しずか)かに老来(おい)た身に(よりそ)う。

嬌児(こどもたち)人間(せけん)の字を学作(なら)い、鬱塁と神荼は写未真(きちんとかけな)い。


慶元三年(1197)、四十三歳の作。 1柏緑:柏の葉を酒に浸し、元日に祈りながら飲む風習があった。 椒紅:椒の実を酒に浸けたもの。色が赤くなる。 2三茅鐘:広く寺の鐘をいう。 4鬱塁・神荼:邪気を払う二神をお札や春聯にして門に飾る。

白石歌022浣渓沙⑥

浣渓沙

丙辰歳不尽五日、呉松作。

1雁怯重雲不肯啼、画船愁過石塘西、打頭風浪悪禁持。

2春浦漸生迎棹緑、小梅応長亜門枝、一年灯火要人帰。

 

丙辰の歳が五日を不尽()り、呉松で作った。

 

1雁は重い雲に(おび)えて不肯啼(なこうとしな)い、画船(ふね)は愁いて石塘の西を(よぎ)る、打頭風(ぎゃくふう)に浪は(ひど)く、禁持(くるしめられ)る。

 

2春の浦に(しだい)に生じる棹を迎える緑、小梅は(きっ)(いつ)も門の枝の(そば)で、一年のおわりの火を(とも)して(わたし)が帰るのを()っているだろう。


慶元二年(1196)、四十二歳の作。 0不尽五日:あと5日で一年が終わること。大晦日の5日前。 1石塘:蘇州の小長橋付近。『方輿覧勝』に「小長橋在石塘、塁石為之」とある。 打頭風:逆風。 悪:激しい。ひどい。 禁持:苦しめられる。 2小梅:白石の娘とする説がある。 亜:そばにいる。よりそう。柳永「二郎神」に「抬粉面、雲鬟相亜」とある。

白石歌022浣渓沙④⑤

浣渓沙

丙辰臘、与兪商卿・銛朴翁同寓新安渓荘舎、得臘花韻甚、賦二首。

1花裏春風未覚時、美人呵蕊綴横枝、鬲簾飛過蜜蜂児。

2書寄嶺頭封不到、影浮盃面悞人吹、寂寥惟有夜寒知。

   又

1剪剪寒花小更垂、阿瓊愁裏弄妝遅、東風焼燭夜深帰。

2落蕊半黏釵上燕、露横斜映鬢辺犀、老夫無味已多時。

丙辰の(じゅうにがつ)、兪商卿・銛朴翁()(いっしょ)に新安の渓荘舎に(みをよせ)て、(ふんいき)が甚だよい臘花(ろうばい)を得て、二首を(つく)った。

 

1花の(なか)の春風に未覚(きがつかな)い時、美人(ろうばい)は蕊を(あたた)めて横枝に綴り、簾を(へだて)て飛び過る蜜蜂の()

 

(てがみ)を嶺頭から寄せるが封不到(とどかな)い、影を(さかずき)の面に浮べ、人を(あざむい)て吹かせた、寂寥(さび)しい、()だ夜の寒さが有ることだけを知る。

 

   又

 

剪剪(びっしり)と寒々しい花が小さく更に垂れ、阿瓊(びじょ)は愁いの(なか)(けしょう)()るのも遅い、東風(はるかぜ)にふかれながら(ろうそく)(とも)して夜が(ふけ)てから帰る。

 

2蕊を落とし半ば()りつく、(かんざし)の上の燕のかざりに、露が()いて(蝋梅の影を)斜めに映す、鬢の(そば)の犀(のかんざし)に、老夫(おいぼれ)無味(あじけな)い、已に(なが)(あいだ)


慶元二年(1196)、四十二歳の作。 0臘:臘月。旧暦十二月の異称。 兪商卿:兪灝、字は商卿。 銛朴翁:葛天民、もと名を義銛といった。字は朴翁。 渓荘舎:張平甫の荘園。張鎡『南湖集』に「題平甫弟梁渓荘園」詩がある。 臘花:蝋梅。唐梅(カラウメ)。北宋の黄庭堅が詩に詠んでから、流行った。香りがよい。 1呵:息を吹きかけて暖める。 横枝:梅の一首。 2書寄嶺頭:江南にいた陸凱が、北方の隴頭(長安に近い)にいる范曄に、梅の花の枝を贈った故事。ここの「嶺頭」は大庾嶺で、広東と江西の堺にあり、唐代に張九齢が新しく路を開き、梅をたくさん植えたので、梅嶺と呼ばれる。 悞人吹:酒杯に映った花の影を、花びらと間違えて吹いた、の意。 又1剪剪:集まっているさま。 阿瓊:美女をいう。 又2犀:犀の角で作った簪。

白石歌008鬲渓梅令

鬲渓梅令〈仙呂調〉

丙辰冬、自無錫帰、作此寓意。

1好花不与殢香人、浪𥻘𥻘。
2又恐春風帰去緑成隂、玉鈿何処尋。

3木蘭双槳夢中雲、水横陳。
4謾向孤山山下覔盈盈、翠禽啼一春。

丙辰の冬、無錫から()帰り、(これ)を作って意を(よせ)る。

 

好花(うめ)は香りに(よいしれ)(わたし)不与(あいてにしな)い、(なみ)𥻘𥻘(きらきら)して。

2又た恐れる、春風が帰去()って緑が(こかげ)を成したら、玉鈿(くびかざり)何処(どこ)(さが)そうか、と。

 

3木蘭の(ふた)つの(かい)横陳(よこたわ)る。

(みだり)に孤山の山下(むもと)()盈盈(あのひと)(さが)せば翠禽(カワセミ)一春(はるのひかり)()いた。


慶元二年(1196)、四十二歳の作。 1殢香人:花の香りに陶酔する人。 2「又恐春風」句:杜牧「歎花」に「自恨尋芳到已遅、往年曾見未開時。如今風擺花狼藉、緑葉成蔭子満枝」とある。 3横陳:横に寝る。宋玉「諷賦」に「内怵惕兮徂玉床、横自陳兮君之旁」とある。 4孤山:杭州西湖の孤山。梅の樹がたくさん植えられていた。 盈盈:たおやかな姿。ここは美人で梅を喩える。 翠禽:カワセミ。童子に化した伝説が『龍城録』に見える。白石047「疏影」の注、参照。

白石歌005江梅引

江梅引

丙辰之冬、予留梁渓、将詣淮而不得、因夢思以述志。

1人間離別易多時、見梅枝、忽相思。
2幾度小窓幽夢手同携。
3今夜夢中無覔処、漫徘徊、寒侵被、尚未知。

4湿紅恨墨浅封題、宝箏空、無雁飛。
5俊遊巷陌、算空有・古木斜暉。
6旧約扁舟、心事已成非。
7歌罷淮南春草賦、又萋萋。
8漂零客、涙満衣。

 

丙辰()冬、(わたし)は梁渓に留まり、淮而(わいなん)に詣でよう()としたが不得(できな)かった、(そこ)で夢に思ったことを以て(きもち)を述べる。

 

人間(このよ)では離別(わかれ)易多(たやす)い時、梅の枝を見て、(ふっ)相思(おも)う。

2幾度となく小窓(まどべ)幽夢(ゆめ)に手を同携(とりあ)った。

3今夜の夢の中、(あの人は)覔処(みつからな)(むだ)徘徊(あるきまわ)って、寒さが(しとね)(しの)び、(それで)未知(わからな)い。

 

湿()れた(びんせん)、恨みの(ふであと)(かる)(とじ)て(宛名を)()く、宝箏(こと)は空しく、飛ぶ雁は(いな)い。

俊遊(あそ)んだ巷陌(はなまち)(きっ)と空しく有るのだろう、古木と斜暉(ゆうひ)が。

(むかし)扁舟(こぶね)での(やくそく)心事(きもち)は已に(ちが)うものに()った。

7淮南の「春草」の(うた)を歌い(おえ)た、()萋萋(わさわさ)と(春草が茂る季節)。

漂零(おちぶれ)れた(たびびと)、涙が衣に(いっぱ)い。


慶元二年(1196)、四十二歳の作。 0梁渓:いまの江蘇省無錫。張鑑の荘園があった。 淮而:「而」は「南」の訛り。淮南は、安徽合肥。 4湿紅恨墨:二説あり、一説は「湿涙」を「紅涙」と解釈し、一説は紅箋に涙が浸みると解釈する。いずれの説も、妓女が泣きながら書いた怨みに満ちた手紙の意。 無雁飛:箏の柱(ことじ)を立てて弾く人がいない。柱の並ぶ様子が、雁の群れが列をなして飛ぶ姿に似ている。 7淮南春草賦:淮南小山「招隠士」に「王孫遊兮不帰、春草生兮萋萋」とある。白石は五年前に合肥を離れる時に011「点絳唇(金谷)」を作り、「淮南好、甚時重到、陌上生春草」と詠っている。

2023年2月27日月曜日

白石歌024慶宮春

慶宮春

紹熙辛亥除夕、予別石湖帰呉興、雪後夜過垂虹、嘗賦詩云、「笠沢茫茫雁影微、玉峰重畳護雲衣。長橋寂寞春寒夜、只有詩人一舸帰。」後五年冬、復与兪商卿・張平甫・銛樸翁自封禺同載詣梁渓、道経呉松、山寒天迥、雲浪四合。中夕相呼歩垂虹、星斗下垂、錯雑漁火、朔吹凜凜、卮酒不能支。樸翁以衾自纏、猶相与行吟、因賦此闋、蓋過旬塗稿乃定。樸翁咎余無益、然意所耽、不能自已也。平甫・商卿・樸翁皆工于詩、所出奇詭、余亦強追逐之、此行既帰、各得五十余解。

1双槳蓴波、一蓑松雨、暮愁漸満空闊。
2呼我盟鷗、翩翩欲下、背人還過木末。
3那回帰去、蕩雲雪・孤舟夜発。
4傷心重見、依約眉山、黛痕低圧。

5采香径裏春寒、老子婆娑、自歌誰答。
6垂虹西望、飄然引去、此興平生難遏。
7酒醒波遠、正凝想・明璫素襪。
8如今安在、惟有欄杆、伴人一霎。

 

紹熙辛亥の除夕(おおみそか)(わたし)は石湖と別れて呉興に帰り、雪の後の夜に垂虹を(とおりかか)り、嘗て詩を(つく)って云った、「笠沢は茫茫たり 雁影は微かなり、玉峰は重畳して雲衣を(まと)う。長橋は寂寞たり 春の寒き夜、只だ詩人の一(ふね)の帰る有るのみ」と。その後五年の冬、(ふたた)び兪商卿・張平甫・銛樸翁と与に封・禺から()同載(いっしょ)に梁渓を詣で、道は呉松を経て、山寒く天(とお)く、雲と浪が四合(あつま)っていた。中夕(よなか)相呼(よびあ)いながら垂虹を歩き、星斗は下に垂れ、漁火が錯雑(いりまじ)り、(あけがた)凜凜(ひえびえ)(かぜふ)き、(さかずきの)(さけ)()つことも不能(できな)かった。樸翁は(ふとん)()(みずか)(まと)い、(なお)相与(いっしょ)に行吟し、(そこ)()(いっしゅ)(つく)った、(だいた)(とおか)()えて稿を(かさ)ね、(そこ)(さだま)った。樸翁は(わたし)を無益だと咎めたが、(しか)(きもち)所耽(おさまら)ず、自ら()めることが不能(できな)かったのだ()。平甫・商卿・樸翁は皆な詩()(たくみ)で、所出(さくひん)奇詭(すばら)しく、(わたし)()(むり)(これ)追逐(おいか)け、()(たび)から既に帰ったあと、(それぞ)れ五十余(さく)を得た。

 

(ふた)つの(かい)(じゅんさい)の波、一つの(みの)に松から雨がふきつける、暮れの愁いが(しだい)空闊(ひろびろ)と満ちる。

(わたし)を呼ぶ(かもめ)は、翩翩(ひらひら)()()うとして、人に背をむけて()た木の(こずえ)(とおりすぎ)た。

那回(あのとき)帰去(かえ)り、雲に雪が()い、(ぽつん)と舟で、夜に()った。

傷心(かな)しく(ふたた)び見た、依約(ひっそり)した眉山(とおいやま)を、(まゆずみ)(あと)が低く(おさ)れているような。

 

5采香径の(なか)、春は寒く、老子(おいぼれ)婆娑()い、(ひと)り歌ったとて誰が答えてくれよう。

6垂虹から西を望めば、飄然(さらり)引去(ひきはなさ)れ、此の興は平生()め難い。

7酒が醒めた、波は遠く、(まさ)に想いを凝らす、(たまのみみかざり)素襪(きぬのくつした)

如今(いま)(どこ)()るのだろう、()だ欄杆だけが有って、(わたし)一霎(いっとき)(よりそ)う。


慶元二年(1196)、四十二歳の作。
⇒『宋詞三百首』185慶宮春(姜夔)

白石歌025斉天楽

斉天楽

丙辰歳、与張功甫会飲張達可之堂、聞屋壁間蟋蟀有声、功甫約余同賦、以授歌者。功父先成、辞甚美、予徘徊茉莉花間、仰見秋月、頓起幽思、尋亦得此。蟋蟀、中都呼為促織、善斗、好事者或以二三十万銭致一枚、鏤象歯為楼観以貯之。

1庾郎先自吟愁賦、淒淒更聞私語。
2露湿銅鋪、苔侵石井、都是曾聴伊処。
3哀音似訴、正思婦無眠、起尋機杼。
4曲曲屏山、夜涼独自甚情緒。

5西窓又吹暗雨。
6為誰頻断続、相和砧杵。
7候館迎秋、離宮吊月、別有傷心無数。
8豳詩漫与、笑籬落呼灯、世間児女。
9写入琴糸、一声声更苦。

 

丙辰の歳、張功甫と(とも)に張達可()堂に(あつま)って飲んだ、(へや)の壁の間から蟋蟀が有声()くのが聞こえ、功甫は(わたし)(いっしょ)(つく)って、(そし)歌者(かしゅ)に授けようと(やくそく)した。功父が先に(でき)て、(ことば)は甚だ美しく、(わたし)茉莉(ジャスミン)の花の間を徘徊し、秋の月を仰ぎ見て、頓起(しばし)幽思(だまってかんがえ)ては、(ある)いて()(これ)を得た。蟋蟀は、中都(みやこ)では促織と呼為()んで、()(たたか)うので、好事者は或いは二三十万銭()一枚(いっぴき)(もとめ)るし、象歯(ぞうげ)()って楼観(たかどの)(つく)って(そし)(これ)(たくわえ)る。

 

庾郎(ゆしん)は先ず(みずか)ら愁賦を吟じ、淒淒(さび)しくも更に私語(ひそひそばなし)を聞いた。

2露が銅の()を湿らせ、苔が石の(いど)()びている、都是(すべ)(かつ)(こおろぎ)を聴いた処。

3哀しい(こえ)は訴えている(よう)(ちょう)(ものおも)(じょせい)無眠(ねむれな)くて、起きて機杼(はた)を尋ねる。

曲曲(おりかさな)屏山(びょうぶ)、夜は(つめ)たく、独自(ひと)りで(なん)たる情緒(おもい)

 

5西の窓に又た暗く雨が吹く。

6誰の(せい)(しきり)断続(とぎれ)れるのか、砧杵(きぬた)相和(こたえ)る。

候館(たびやど)は秋を迎え、離宮に月が(かか)り、(ほか)傷心(かなしみ)が無数に有る。

豳詩(コオロギのうた)(うっかり)(つくら)れた、(おか)しい、(まがき)(した)で灯を呼ぶ、世間の児女(こども)たちは。

琴糸(ことのね)写入(のせ)よう、一声声(どのおと)も更に苦しい。


寧宗慶元二年(1196)、四十二歳の作。

⇒『宋詞三百首』186斉天楽(姜夔)

白石歌009阮郎帰②

阮郎帰

1旌陽宮殿昔裵徊、一壇雲葉垂。
2与君閑看壁間題、夜涼笙鶴期。

3茅店酒、寿君時、老楓臨路岐。
4年年強健得追随、名山遊遍帰。

 

1旌陽の宮殿を昔裵徊(あるきまわ)り、一壇(だん)には雲のごとく葉が垂れていた。

2君()(しずか)()た、壁の間に()かれた(詩)、夜は涼しく、笙鶴(せんにん)(やくそく)交わした

 

茅店(はたご)の酒で、君を寿(おいわい)した時、(ふる)い楓が路岐(わかれみち)に臨んでいた。

4年年、強健(すこやか)追随(おとも)得て、名山を遊び(まわ)って帰られよ。


慶元二年(1196)、四十二歳の作。 1旌陽宮殿:晋の旌陽令許遜の故居、江西南昌にあり、古くは遊帷観といい、宋代に玉隆宮と改名された。『豫章古今記』に許遜の「合家仙去」の記事を載せる。白石の015「鷓鴣天(曾共)」の注、参照。 ② 雲葉:白石の015「鷓鴣天(曾共)」に云う「挂屩楓」か。 2笙鶴期:王子喬が笙を吹き、鶴に乗って去った故事。劉向『列仙伝』に見える。約束した期日に王子喬が白鶴に乗って山頂に現れたが、居合わせた人々はこれを見ても届かず、王子喬は手を挙げて人々に謝し、去っていったという。

白石歌009阮郎帰①

阮郎帰

為張平甫寿、是日同宿湖西定香寺。

1紅雲低圧碧玻璃、惺愡花上啼。
2静看楼角払長枝、朝寒吹翠眉。

3休渉筆、且裁詩、年年風絮時。
4繡衣夜半草符移、月中双槳帰。

 

張平甫の寿(おいわい)の為に、是の日、(いっしょ)に湖西の定香寺に宿(とま)った。

 

紅雲(はなびら)が低く碧の玻璃(すいめん)圧し、惺愡(ちゅんちゅん)と花の(そば)で(鳥が)啼く。

2静かに楼の(すみ)を看る、長い枝を払って、朝の(つめた)い(風が)翠眉(やなぎ)に吹いている。

 

3筆を(はこ)ぶのを(やめ)よ、(しばら)く詩を(つく)りたまえ、年年、風絮の時。

繡衣(あなた)夜半符移(ぶんしょ)()、月の中を(私と)(ふた)つの(かい)


慶元二年(1196)、四十二歳の作。 0張平甫:張鑑のこと。 定香寺:杭州西湖にある寺。『武林旧事』巻五「西湖三堤路」に「旌徳観、元係定香寺旧址」とある。 1紅雲:散る花びらの喩え。 惺愡:鳥の鳴き声。元稹「春六十韻」に「燕巣才点綴、鶯舌最惺愡」とある。 3渉筆:筆を動かすこと。ここはとくに公文書を書くこと。 裁詩:詩を作ること。 4繡衣:官名。漢の武帝の時に置かれた「繡衣直指」は、大事件や討伐の際にのみ任命され、地方に派遣されて獄を治める職もあった。ここは張平甫が当時、法律関係の官職にあり公文書の起草をしていたことを指す。 符移:「符」は所管(上級の役所)から被管(下級の役所)に下す公文書、「移」は対等の役所間に交わされる文書。

白石歌015鷓鴣天②

鷓鴣天

予与張平甫自南昌同遊西山玉隆宮、止宿而返、蓋乙卯三月十四日也。是日即平甫初度、因買酒茅舍、並坐古楓下。古楓、旌陽在時物也。旌陽嘗以草屨懸其上、土人以屨為屩、因名曰挂屩楓。蒼山四囲、平野尽緑、鬲澗野花紅白、照影可喜、使人採擷、以藤糺纒著楓上。少焉、月出大於黄金盆、逸興横生、遂成痛飲、午夜乃寝。明年平甫初度、欲治舟往封禺松竹間。念此遊之不可再也、歌以寿之。

1曾共君侯歴聘来、去年今日踏莓苔。
2旌陽宅裏疏疏磬、挂屩楓前草草盃。

3呼煮酒、摘青梅、今年官事莫裵徊。
4移家径入藍田県、急急船頭打鼓催。

(わたし)は張平甫()南昌から()(いっしょ)に西山の玉隆宮に遊び、止宿(やどをと)()返った、(おそら)く乙卯の三月十四日だった()()の日は即ち平甫の初度(たんじょうび)(そこ)で酒を茅舍(やど)で買い、並んで古楓の下に(すわ)った。古楓、旌陽が()た時の物である()。旌陽は(かつ)(ぞうり)()其の上に懸け、土人(とちのひと)は「屨」()屩」と()る、(そこ)で名づけて挂屩楓と()う。(あお)い山に四囲(かこま)れ、平野は尽く緑で、(たに)(へだ)てて野の花は紅く白く、影を(てら)して可喜(よろこば)しい、人に()らせ(使)、藤()楓の上に糺纒著(くくりつけ)た。少焉(しばら)くすると、月が黄金の盆より()大きく出て逸興(おもむき)(いっぱい)に生じ、(そこ)で痛飲することに成り、午夜(まよなか)に乃ち()た。明年の平甫の初度(たんじょうび)、舟を(ととの)えて封禺の松竹の間に往きたい()。此の遊び()再びは不可(できな)のだ()ということ(おも)って、歌って(そし)て之を寿(おいわい)する。

 

1曾て君侯(あなた)と共に歴聘(あちこち)(たずね)て、去年の今日は莓苔(こけ)を踏んだ。

2旌陽の(やしき)(なか)には疏疏(ぽつん)と磬があり、挂屩楓の前には草草(そそくさ)と盃がおいてある。

 

煮酒(あついさけ)を呼び、(酒のアテにする)青梅(うめのみ)()む、今年の官事(こうむ)裵徊(ふりかえ)ってはいけない()

4家を移して藍田県に径入(はい)れば、急急(せかせか)と船頭が鼓を打って(うなが)すでしょうから。


慶元二年(1196)、四十二歳の作。 0張平甫:張鑑のこと。 西山:南昌山ともいう。江西新建県西にある。 玉隆宮:新建県にある道観。 乙卯:寧宗の慶元元年(1195)。 初度:誕生日。屈原「離騒」に「皇覧揆余初度兮、肇錫余以嘉名」とある。 旌陽:晋の仙人で旌陽令だった許遜のこと。『豫章古今記』に「許真君遜、字敬之、南昌人。晋永和二年(346)八月十五日、合家仙去。其宅今遊帷観是也」とある。また『能改斎漫録』巻十一に、旌陽令だった時に蛟を退治し、鎮圧のために大きな鉄柱を建て、それが豫章にまだ残っている、と記されている。 屩:麻や葛で作った草履。 封禺:山の名。封山と禺山。浙江徳清県にある。ここは湖州を指していう。 1君侯:張鑑を指す。 歴聘:歴遊すること。 2疏疏:まばらなさま。 磬:もとは「へ」の字形の石板をつり下げた打楽器。石板が1つだけの特磬と、十数個を並べた編磬がある。のちに禅寺では銅製や鉄製の鉢形をした仏具を「磬」と呼び、僧を集合させたり読経の際に用いた。銅鉢。ここは後者か。 4藍田県:陝西にあり美玉を産する。ここは張鑑が封禺で行っている別業をいう。