2023年2月27日月曜日

白石歌024慶宮春

慶宮春

紹熙辛亥除夕、予別石湖帰呉興、雪後夜過垂虹、嘗賦詩云、「笠沢茫茫雁影微、玉峰重畳護雲衣。長橋寂寞春寒夜、只有詩人一舸帰。」後五年冬、復与兪商卿・張平甫・銛樸翁自封禺同載詣梁渓、道経呉松、山寒天迥、雲浪四合。中夕相呼歩垂虹、星斗下垂、錯雑漁火、朔吹凜凜、卮酒不能支。樸翁以衾自纏、猶相与行吟、因賦此闋、蓋過旬塗稿乃定。樸翁咎余無益、然意所耽、不能自已也。平甫・商卿・樸翁皆工于詩、所出奇詭、余亦強追逐之、此行既帰、各得五十余解。

1双槳蓴波、一蓑松雨、暮愁漸満空闊。
2呼我盟鷗、翩翩欲下、背人還過木末。
3那回帰去、蕩雲雪・孤舟夜発。
4傷心重見、依約眉山、黛痕低圧。

5采香径裏春寒、老子婆娑、自歌誰答。
6垂虹西望、飄然引去、此興平生難遏。
7酒醒波遠、正凝想・明璫素襪。
8如今安在、惟有欄杆、伴人一霎。

 

紹熙辛亥の除夕(おおみそか)(わたし)は石湖と別れて呉興に帰り、雪の後の夜に垂虹を(とおりかか)り、嘗て詩を(つく)って云った、「笠沢は茫茫たり 雁影は微かなり、玉峰は重畳して雲衣を(まと)う。長橋は寂寞たり 春の寒き夜、只だ詩人の一(ふね)の帰る有るのみ」と。その後五年の冬、(ふたた)び兪商卿・張平甫・銛樸翁と与に封・禺から()同載(いっしょ)に梁渓を詣で、道は呉松を経て、山寒く天(とお)く、雲と浪が四合(あつま)っていた。中夕(よなか)相呼(よびあ)いながら垂虹を歩き、星斗は下に垂れ、漁火が錯雑(いりまじ)り、(あけがた)凜凜(ひえびえ)(かぜふ)き、(さかずきの)(さけ)()つことも不能(できな)かった。樸翁は(ふとん)()(みずか)(まと)い、(なお)相与(いっしょ)に行吟し、(そこ)()(いっしゅ)(つく)った、(だいた)(とおか)()えて稿を(かさ)ね、(そこ)(さだま)った。樸翁は(わたし)を無益だと咎めたが、(しか)(きもち)所耽(おさまら)ず、自ら()めることが不能(できな)かったのだ()。平甫・商卿・樸翁は皆な詩()(たくみ)で、所出(さくひん)奇詭(すばら)しく、(わたし)()(むり)(これ)追逐(おいか)け、()(たび)から既に帰ったあと、(それぞ)れ五十余(さく)を得た。

 

(ふた)つの(かい)(じゅんさい)の波、一つの(みの)に松から雨がふきつける、暮れの愁いが(しだい)空闊(ひろびろ)と満ちる。

(わたし)を呼ぶ(かもめ)は、翩翩(ひらひら)()()うとして、人に背をむけて()た木の(こずえ)(とおりすぎ)た。

那回(あのとき)帰去(かえ)り、雲に雪が()い、(ぽつん)と舟で、夜に()った。

傷心(かな)しく(ふたた)び見た、依約(ひっそり)した眉山(とおいやま)を、(まゆずみ)(あと)が低く(おさ)れているような。

 

5采香径の(なか)、春は寒く、老子(おいぼれ)婆娑()い、(ひと)り歌ったとて誰が答えてくれよう。

6垂虹から西を望めば、飄然(さらり)引去(ひきはなさ)れ、此の興は平生()め難い。

7酒が醒めた、波は遠く、(まさ)に想いを凝らす、(たまのみみかざり)素襪(きぬのくつした)

如今(いま)(どこ)()るのだろう、()だ欄杆だけが有って、(わたし)一霎(いっとき)(よりそ)う。


慶元二年(1196)、四十二歳の作。
⇒『宋詞三百首』185慶宮春(姜夔)

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