2023年2月27日月曜日

白石歌015鷓鴣天②

鷓鴣天

予与張平甫自南昌同遊西山玉隆宮、止宿而返、蓋乙卯三月十四日也。是日即平甫初度、因買酒茅舍、並坐古楓下。古楓、旌陽在時物也。旌陽嘗以草屨懸其上、土人以屨為屩、因名曰挂屩楓。蒼山四囲、平野尽緑、鬲澗野花紅白、照影可喜、使人採擷、以藤糺纒著楓上。少焉、月出大於黄金盆、逸興横生、遂成痛飲、午夜乃寝。明年平甫初度、欲治舟往封禺松竹間。念此遊之不可再也、歌以寿之。

1曾共君侯歴聘来、去年今日踏莓苔。
2旌陽宅裏疏疏磬、挂屩楓前草草盃。

3呼煮酒、摘青梅、今年官事莫裵徊。
4移家径入藍田県、急急船頭打鼓催。

予(わたし)は張平甫と(与)南昌から(自)同(いっしょ)に西山の玉隆宮に遊び、止宿(やどをと)って(而)返った、蓋(おそら)く乙卯の三月十四日だった(也)。是(こ)の日は即ち平甫の初度(たんじょうび)、因(そこ)で酒を茅舍(やど)で買い、並んで古楓の下に坐(すわ)った。古楓、旌陽が在(い)た時の物である(也)。旌陽は嘗(かつ)て草屨(ぞうり)を(以)其の上に懸け、土人(とちのひと)は「屨」を(以)「屩」と為(す)る、因(そこ)で名づけて挂屩楓と曰(い)う。蒼(あお)い山に四囲(かこま)れ、平野は尽く緑で、澗(たに)を鬲(へだ)てて野の花は紅く白く、影を照(てら)して可喜(よろこば)しい、人に採擷(と)らせ(使)、藤で(以)楓の上に糺纒著(くくりつけ)た。少焉(しばら)くすると、月が黄金の盆より(於)大きく出て、逸興(おもむき)が横(いっぱい)に生じ、遂(そこ)で痛飲することに成り、午夜(まよなか)に乃ち寝(ね)た。明年の平甫の初度(たんじょうび)、舟を治(ととの)えて封禺の松竹の間に往きたい(欲)。此の遊びが(之)再びは不可(できな)いのだ(也)ということ念(おも)って、歌って以(そし)て之を寿(おいわい)する。

 

1曾て君侯(あなた)と共に歴聘(あちこち)来(たずね)て、去年の今日は莓苔(こけ)を踏んだ。

2旌陽の宅(やしき)の裏(なか)には疏疏(ぽつん)と磬があり、挂屩楓の前には草草(そそくさ)と盃がおいてある。

 

3煮酒(あついさけ)を呼び、(酒のアテにする)青梅(うめのみ)を摘(つ)む、今年の官事(こうむ)は裵徊(ふりかえ)ってはいけない(莫)。

4家を移して藍田県に径入(はい)れば、急急(せかせか)と船頭が鼓を打って催(うなが)すでしょうから。


慶元二年(1196)、四十二歳の作。 0張平甫:張鑑のこと。 西山:南昌山ともいう。江西新建県西にある。 玉隆宮:新建県にある道観。 乙卯:寧宗の慶元元年(1195)。 初度:誕生日。屈原「離騒」に「皇覧揆余初度兮、肇錫余以嘉名」とある。 旌陽:晋の仙人で旌陽令だった許遜のこと。『豫章古今記』に「許真君遜、字敬之、南昌人。晋永和二年(346)八月十五日、合家仙去。其宅今遊帷観是也」とある。また『能改斎漫録』巻十一に、旌陽令だった時に蛟を退治し、鎮圧のために大きな鉄柱を建て、それが豫章にまだ残っている、と記されている。 屩:麻や葛で作った草履。 封禺:山の名。封山と禺山。浙江徳清県にある。ここは湖州を指していう。 1君侯:張鑑を指す。 歴聘:歴遊すること。 2疏疏:まばらなさま。 磬:もとは「へ」の字形の石板をつり下げた打楽器。石板が1つだけの特磬と、十数個を並べた編磬がある。のちに禅寺では銅製や鉄製の鉢形をした仏具を「磬」と呼び、僧を集合させたり読経の際に用いた。銅鉢。ここは後者か。 4藍田県:陝西にあり美玉を産する。ここは張鑑が封禺で行っている別業をいう。

0 件のコメント:

コメントを投稿