2023年1月31日火曜日

白石詩015昔遊詩⑩

昔遊詩

其十

1昔遊衡山下、
2看水入朱陵。
3半空掃積雪、
4万万玉花凝。
5或如生綃挂、
6或如薄霧横。
7紛紛虎豹吼、
8往往蛟龍驚。
9人語不相聞、
10濺雹漂風纓。
11有魚縁峭壁、
12上上終不停。
13此中有神物、
14雷雨周八紘。

其十


1昔、衡山の(ふもと)に遊び、

(かわ)が朱陵(洞)に入るのを看た。

半空(ちゅうくう)では積雪を掃い、

万万(よろず)(ぎょく)の花が(かたま)っていた。

5或は(きぬ)挂けた(よう)に、

6或は薄霧(きり)(なび)くの(よう)に。

紛紛(あちこち)で虎や豹が吼え、

往往(たびた)び蛟と龍が(はね)る。

9人の(こえ)不相聞(きこえな)い、

10(しぶき)が風に漂う(ひも)(あら)う。

11魚が有て(けわ)しい壁に(へばりつ)き、

12上へ上へと(いつまで)不停(とまらな)い。

13此中(ここ)には神物が()て、

14雷雨が八紘(せかい)(めぐ)っている。


1衡山:湖南省衡陽市にある。道教の五岳の一つ。南岳・南山・寿岳などとも呼ばれる。最高峰は祝融峰。 2朱陵:衡山にある洞窟。『方輿勝覧』巻二十三「湖南路」に「朱陵洞、在衡山、南嶽記曰、名大虚小有之天、三十六洞天中第三」とある。 10纓:冠のひも。 14八紘:八方の遠い地。天下。

白石詩015昔遊詩⑨

昔遊詩

其九

1昔遊桃源山、
2先次白馬渡。〈桃源県界〉
3渡頭何清深、
4鴻鵠在高樹。
5白馬亦洞天、
6昔人有奇遇。
7洞門不可見、
8但聞水声怒。
9瞻彼羽人宅、
10乃乗方船渡。
11修廊夾五殿、
12重閣映千樹。
13規模象魏壮、
14回合緑陰護。
15山椒望五渓、
16壺頭入指顧。
17故宮在其北、
18屋瓦帯松霧。
19古杉晋時物、
20中空野人住。
21外囲四十尺、
22内可十客聚。
23我遊瞿仙館、
24壇上表遺歩。
25却下八畳坡、
26一亭衆妙具。
27両山抱澄潭、
28老木枝榦互。
29瞻前秀而迥、
30坐久凛難駐。
31桃源独不見、
32僻在宮南路。
33山行転深邃、
34狙猿紛上下。
35石竇出微涓、
36令我意猶豫。
37昔聞漁舟子、
38水際見洞戸。
39今看去渓遠、
40定自後人誤。
41惆悵却帰来、
42此遊不得屢。
43於今二十年、
44歴歴経行処。

 

1昔、桃源の山に遊ぶと、

()ず白馬の(わたし)(とま)った。〈桃源県界〉

渡頭(わたしば)は何とも清らかで深く、

鴻鵠(くぐい)が高い樹に()た。

5白馬には()た洞天があり、

6昔の人が奇遇(ふしぎなこと)(であ)った。

7洞門は見えない(不可)

8但だ怒ったような水の(おと)だけが聞こえる。

()羽人(ひせん)(すまい)()ようと、

10(そこ)方船(はこぶね)に乗って渡った。

11(なが)(ろうか)が五殿を(はさ)み、

12(いくえ)もの(たてもの)が千樹に映えている。

13規模は象魏の(おおき)さ、

14回合(めぐ)緑陰(こかげ)が護る。

15山椒(てっぺん)から五渓を望むと、

16壺頭(山)が指顧(めのとどくところ)に入る。

17故宮は()の北に()り、

18(やね)(がわら)は松にかかる霧を帯びている。

19古杉は晋の時の物、

20中空に野人(いんじゃ)が住んでいる。

21(まわり)は四十尺、

22内に十にん客が聚ることができ()る。

23(わたし)は瞿仙の館に遊んだ、

24壇上には遺した(あしあと)()った。

25(ひきかえ)して八畳坡を下りると、

26一亭(あずまや)衆妙が(そなわ)っている。

27両つの山は澄んだ(ふち)を抱き、

28老木は枝と(みき)(まじわ)っている。

29前を()ると(すぐ)れて(そし)(はるか)だが

30(なが)く坐っていると(さむ)くて(とどま)り難い。

31桃源は(それだけ)不見(みえな)い、

32(おくま)って宮の南に路に在るからだ。

33山行(やまみち)(ますま)深邃(ふか)く、

34狙猿(てながざる)が上に下に(いりみだれ)ている。

35石の(あな)から(わずか)(みず)が出て、

36(わたし)(こころ)猶豫(ためら)させ()る。

37昔から(つたえ)られている、漁舟子(りょうし)が、

38水際で(どうくつ)(いりぐち)を見つけた、と。

39今看ると、渓から遠く(はな)れていて、

40定自(きっ)と後人が(まちがえ)たのだろう。

41惆悵(さび)しいことに、却帰(かえ)って来ると、

42()の遊びは、(しばし)得ることはできな()い。

43於今(いま)、二十年たち、

44経行()った処は歴歴(はっきり)しているけれど。


1桃源山:湖南省長沙の西二百キロほどの常徳にある。『方輿勝覧』巻三十「常徳府」にその名が見え、注に「在桃源県南二十里、図経云、山下有桃川宮、西南一里即桃源洞、云是昔秦人避乱之地、有洞如門、巨石屏蔽、霊跡猶存、有水自中流出、涓涓不絶」とある。現在も湖を中心として庭園が整備され、観光スポットとなっている。 2白馬渡:桃源県の西三十里にある。嘉靖『常徳府志』巻五に見える。 5白馬亦洞天:『方輿勝覧』巻三十「常徳府」に「白馬洞」があり、注に「第三十五洞天」とある。 9羽人:飛仙。 13象魏:宮城の門。 15山椒:山頂。 五渓:『水経注』巻三十七「沅水」に「武陵有五渓、謂雄渓・樠渓・無渓・酉渓・辰渓其一焉」とある。 16壺頭:壺頭山。『水経注』巻三十七「沅水」に「夷山東接壺頭山、山高一百里、広円三百里」とある。また『後漢書』「馬援伝」の李賢注に「武陵記曰、此山頭与東海方壺山相似、神仙多所遊集、因名壺頭山也」という。 指顧:指さして見える範囲。 17故宮:桃川宮。 19古杉:桃川宮の空心杉。万暦『桃源県志』巻上「地文志・桃川内八景」に「空心杉」が見える。 20野人:隠者。 23瞿仙:瞿童のこと。嘉靖『常徳府志』巻二十「方外志・仙釈・桃源県」に略伝があり、「名栢庭、辰渓人、唐大暦間年十八、奉母避寇、入武陵云々」という。 24壇上表遺歩:唐・狄中立「桃源観山界記」に「八跡壇在祠堂北一百八歩、瞿童上処、足印八跡、後人思之、立壇於其所、因以為名、今奉勅醮祭、皆在斯壇」たとある。 25八畳坡:未詳。 26衆妙:多くのすぐれた自然の道理。天地万物の微妙な道理。『老子』に「玄之又玄、衆妙之門」とある。 37昔聞漁舟子:陶淵明「桃花源記」の故事。

2023年1月30日月曜日

白石詩015昔遊詩⑧

昔遊詩

其八

1青草長沙境、
2洞庭渺相連。
3洞庭西北角、
4雲夢更無辺。
5後有白湖沌、
6渺莽里数千。
7豈惟大盜窟、
8神龍所盤旋。
9白湖辛巳歳、
10忽墮死蜿蜒。
11一鱗大如箕、
12一髥大如椽。
13白身青䰇鬛、
14両角上捎天。
15半体臥沙上、
16半体猶沈淵。
17里正聞之官、
18官使吏致虔。
19作斎為禳祓、
20観者足闐闐。
21斂席覆其体、
22数里聞腥羶。
23一夕雷雨過、
24此物忽已遷。
25遺跡陷成川、
26中可行大船。
27是年虜亮至、
28送死江之壖。
29或云祖龍讖、
30詭異非偶然。
31近日山陽人、
32采菱不知還。
33望見三龍浮、
34目若電火然。
35見龍多見尾、
36少見四体全。
37一龍已為異、
38三者亦罕伝。
39又因漁湖側、
40水中忽生烟。
41烟中一驢出、
42繞身歩蹁蹮。
43俄随霹靂去、
44欲語無由縁。
45我聞語此事、
46乗舟往観焉。
47径往枯葭浦、
48白鷺争相先。
49湖有劉備廟、
50実司浩渺権。
51徘徊無所見、
52帰櫂月明前。
 

其八

 

1青草(湖)の長沙の境、

2洞庭(湖)は(はるか)相連(つら)なる。

3洞庭(湖)の西北の角、

4雲夢(沢)は更に無辺(はてな)く。

5後ろに白湖の(みずたまり)が有り、

渺莽(ひろが)ること数千里。

(どうし)()大盜(おおどろぼう)(すみか)であろう、

8神龍が盤旋()う所なのだ。

9白湖に辛巳の歳、

10(ふっ)と死んだ蜿蜒(りゅう)が墮ちてきた。

11一まいの鱗が箕(よう)に大きく、

12一ぽんの(ほおひげ)(たるき)(よう)に大きい。

13白い(からだ)に青い(せびれ)

14(ふた)つの角が上むいて天を(かす)めている

15半体は沙上に臥し、

16半体は()だ淵に沈んでいる。

17里正(おさ)(これ)(やくしょ)(しらせ)ると、

18(やくしょ)(やくにん)(ていねい)(あつか)せた(使)

19斎(食)(おそなえ)を作って禳祓(おはらい)()て、

20観る者は(はなは)闐闐(おお)かった

21斂席(むしろ)()の体を覆ったが、

22数里も腥羶(なまぐさ)(にお)った。

23一夕(あるばん)、雷雨が(とおりす)ぎ、

24此物(なきがら)(ふっ)と已に(なくな)った。

25遺跡(あと)(くぼ)んで川と成り、

26中を大船が行くことができ()る。

27()の年、(えびす)の亮が()て、

28(ちょうこう)()(ほとり)送死(ころさ)れた。

29(あるひと)()う、祖龍の(よげん)であって、

30詭異(ふしぎなこと)は偶然ではない()、と。

31近日、山陽の人が、

32菱を()りにいって(かえ)るのを不知(わすれ)た。

33望見(ながめ)ると三龍が浮び、

34目は電火(いなづま)()える(よう)だった。

35龍を見るときは尾を見ることが多く、

36四体(からだ)全てを見ることは少ない。

37一龍だけでも已に異である()のに、

38三者とは()(まれ)にしか伝わらない。

39()た湖の(そば)で漁をしていたところ()

40水中から(ふっ)(けむり)が生じた。

41(けむり)の中から一とう(ロバ)が出て、

42身に(まとわ)りついて(よろよろ)と歩く。

43(にわか)霹靂(かみなり)に随って去り、

44ろう()としたが由縁(すべ)が無かった、という。

45(わたし)は此の(できごと)を語るのを聞いて、

46舟に乗って(これ)を観に往った。

47(まっすぐ)に枯れた(アシ)(いりえ)()くと、

48白鷺が相先(さき)へと争う。

49湖には劉備の廟が有り、

50(まこと)浩渺(みずうみ)の権を司っている。

51徘徊したが見るもの()は無く、

52帰る(ふね)は月明かりの前。


1青草:青草湖。巴陵県の南七十九里にある(『元和郡県志』巻二十八「巴陵県」)。 4雲夢:雲夢沢。洞庭湖一帯。 5白湖:姜夔「浣渓沙」序に「予女須家沔之山陽、左白湖、右雲夢、春水方生、浸数千里」とある。 6渺莽:水面にもやが果てしなく広がるさま。 8盤旋:舞うさま。 9辛巳歳:紹興三十一年(1161)。 10蜿蜒:龍や蛇がくねりながら這うさま。 13䰇鬛:魚や龍の背びれ。 17里正:郷官、里長。 20闐闐:多いさま。 21斂席:「斂」は死者を衣服でくるみ絞で縛ること。「席」はむしろ。 27是年虜亮至:「虜亮」は金の第四代皇帝、女真名は迪古乃(テクナイ)、漢名は亮のこと。第五代世宗即位後に廃位され、海陵郡王に落とされたことから海陵王と称される。若い頃から漢文化に親しみ、即位後は漢文化の奨励を行った。南宋討伐を企て、大軍を自ら率いて遠征し揚州を陥落させたが、長江では苦戦し、陣中の揚州亀山寺で部下の軍隊により殺害された。『宋史』「高宗紀九」に「(紹興三十一年十一月)乙未、金人陥泰州、是日、金人弑其主亮於揚州亀山寺、戊戌、金都督府遣人持檄詣鎮江軍中議和」とある。 28壖:あきち。 29祖龍:秦の始皇帝のこと。『史記』「秦始皇本紀」に「(三十六年)秋、使者従関東夜過華陰平舒道、有人持璧遮使者曰、為吾遺滈池君。因言曰、今年祖龍死。」裴駰集解引蘇林曰、祖、始也、龍、人君象。謂始皇也」とある。 讖:予言。 30詭異:怪奇、不思議。 42蹁蹮:よろめく。 50浩渺:水面が広々していること。

2023年1月29日日曜日

白石詩015昔遊詩⑦

昔遊詩

其七

1揚舲下大江、
2日日風雨雪。
3留滞鼇背洲、
4十日不得発。
5岸氷一尺厚、
6刀剣触舟楫。
7岸雪一丈深、
8屹如玉城堞。
9同舟二三士、
10頗壮不恐懾。
11蒙氊閉篷臥、
12波裏任傾側。
13晨興視氊上、
14積雪何皎潔。
15欲上不得梯、
16欲留岸頻裂。
17扳授始得上、
18幸有人見椄。
19荒村両三家、
20寒苦衣食缺。
21買豬祭波神、
22入市路已絶。
23如今得安坐、
24閑対妻児説。

其七

 

(こぶね)大江を下る、

2くる日もくる日も、風と雨と雪と。

3鼇背洲に留滞(とどま)り、

4十日も()つことが不得(できな)かった。

5岸の氷は一尺の厚さ、

6刀剣が(ふね)(かじ)に触るよう。

7岸の雪は一丈の深さ、

(そびえ)ること(まる)(ぎょく)の城の(ひめがき)

9同舟する二、三の(おとこ)

10(すこぶ)(いさま)しく、不恐懾(おそれな)い。

11(もうせん)(かぶ)(とま)を閉じて(よこたわ)り、

12波の(なか)傾側(かたむ)くに任せている。

13(あさ)(おき)(もうせん)上を()ると、

14雪が積もって何と皎潔(しろ)かったことか。

15上がろう()にも(はしご)不得()く、

16留まろう()にも岸は(しき)りに(氷が)裂ける。

17扳授(よじのぼ)って始めて上ることができ()

18幸いにも人が()(むかえ)られた。

19荒村に()、三の家、

20寒さに苦しみ衣食を缺いている。

21(ブタ)を買って波神を祭ろうとしたが、

22市に入るも路は已に絶えていた。

23如今(いま)は安らかに坐ることができ()

24(しず)かに妻と()(むか)って(かた)っている。


1揚舲:「揚帆」に同じ。「舲」は窓のついた小さな船。やかた船。 3鼇背洲:范成大『呉船録』下に「九月丁酉朔泊江州、風作、終日不行、戊戌風小止、巳時発江州、……九十里至交石夾宿、己亥、発交夾宿、……又行食頃、通行八十里、泊鼇背洲、欲泊馬当、風甚不可前」とある。「鼇背」は大亀の背中。 11氊:毛氈。毛の敷物。 17扳授:他の物につかまりながら前へ進むさま。 21波神:水の神。

白石詩015昔遊詩⑥

昔遊詩

其六

1天寒白馬渡、〈漢川県界〉
2落日山陽村。
3是時無霜雪、
4万里風奔奔。
5外旃吹已透、
6内纊氷不温。
7吹馬馬欲倒、
8吹笠任飛翻。
9不見行路人、
10但見草木蕃。
11忽看野焼起、
12大焔焼乾坤。
13声如震雷震、
14勢若江湖吞。
15虎豹走散乱、
16麋鹿不足言。
17夜投野店宿、
18無壁亦無門。
19此行値三厄、
20幸得軀命存。
21明発見老姊、
22斗酒為招魂。

 

(そら)が寒い、白馬の(わたし)、〈漢川県界〉

落日(ゆうぐれ)の山の(みなみ)の村。

()の時、霜も雪も無く、

4万里を風が奔奔(ふきすさ)んでいた。

外旃(がいとう)は吹かれて(すで)(しみとお)り、

内纊(わたいれ)は氷で不温(つめた)い。

7馬に吹けば、馬は倒れそう()

8笠に吹けば、飛翻(ひるがえ)るが(まま)に。

行路(みちゆ)く人は不見(みえな)い、

10()だ草木の(しげ)るのだけが見える。

11(ふっ)と野焼が起こるのが()えた、

12大きな(ほのお)乾坤(てんち)を焼く。

13(おと)震雷(かみなり)の震える(よう)

14勢いは江湖を吞むが(ごと)く。

15虎や豹は(にげ)散乱(ちりぢり)に、

16(おおじか)や鹿は言うまでもな(不足)い。

17夜に野店(はたご)に投宿したが、

18壁は無く()た門も無い。

19()(たび)では三つの(わざわい)()ったが、

20幸いにも軀命(いのち)(のこ)すことができ()た。

21(あす)()(あね)()い、

22斗酒(さけ)でわたしの(ため)招魂(ねぎら)ってくれるだろう。


1白馬渡:原注にいう漢川県は、漢陽軍(湖北省武漢市)の県。 5外旃:毛織の外套。「旃」は毛織物。 6内纊:内側に着る綿入れ。 19三厄:大風に遭い、野火に遭い、あばら同然の宿に泊まったこと。 20軀命:生命。 21明発:朝に旅路につくこと。 22斗酒為招魂:旅の苦労をねぎらう。杜甫「彭衙行」に「故人有孫宰、高義薄曾雲。延客已曛黒、張灯啓重門。煖湯濯我足、剪紙招我魂」とある。

2023年1月28日土曜日

白石詩015昔遊詩⑤

昔遊詩

其五

1我乗五板船、
2将入沌河口。
3大江風浪起、
4夜黒不見手。
5同行子周子、
6渠胆大如斗。
7長竿挿蘆席、
8船作野馬走。
9不知何所詣、
10生死付之偶。
11忽聞入草声、
12灯火亦稍有。
13划船遂登岸、
14亟買野家酒。
 

其五

 

(わたし)五板船(おおぶね)に乗って、

(ちょう)ど沌河口に入ろうとした。

大江(かわ)に風と浪が起こり、

4夜のように(くら)く手も不見(みえな)い。

5同行した子周さん()

(かれ)(きも)は大きなこと(ます)(よう)

7長い竿に蘆の(むしろ)を挿すと、

8船は野の馬と()って走る。

何所(どこ)()くのか不知(わからな)い、

10生死は(これ)(ぐうぜん)(たく)す。

11(ふっ)と草に入る(おと)が聞こえ、

12灯火も()(すこ)し有る。

13船を划いで(そのま)ま岸に登ると、

14(すみやか)に野の家の酒を買った。


1五板船:大型の船。 2沌河口:沌河は湖北省にある川の名。沌口は湖北省にある地名。 5子周子:未詳。

白石詩015昔遊詩④

昔遊詩

其四

1蕭蕭湘陰県、
2寂寂黄陵祠。
3喬木䕃楼殿、
4画壁半傾敧。
5蘆洲雨中淡、
6漁網烟外帰。
7重華不可見、
8但見江鷗飛。
9假令無恨事、
10過此亦依依。

 

其四

 

蕭蕭(さび)しい湘陰県、

寂寂(さび)しい黄陵祠。

3喬木が楼殿(たてもの)(おお)

画壁(かべ)は半ば(かたむ)いている

5蘆の(なかす)は雨の中に淡く、

6漁の網は(もや)の外に帰ってゆく。

7重華は見ることが不可(できな)い、

()(かもめ)飛ぶのが見えるだけ。

假令(たと)え恨み事が無くても、

10(ここ)(とおりかか)ると()依依(なごりお)しい。


7重華:舜のこと。 9恨事:舜がこの辺りで二妃を亡くしたこと。

白石詩015昔遊詩③

昔遊詩

其三

1九山如馬首、
2一一奔洞庭。
3小舟過其下、
4幸哉波浪平。
5大風忽怒起、
6我舟如葉軽。
7或升千丈坡、
8或落千丈坑。
9回望九馬山、
10政与大浪争。
11如飛鵞車礟、
12乱打睢陽城。
13又如白獅子、
14山下跳鬇鬡。
15須臾入別浦、
16万死得一生。
17始知茵席湿、
18尽覆杯中羮。〈鬇鬡一作猙獰〉

 

 

1九つの山は馬の首の(よう)

2一つ一つ洞庭に(はし)っている。

3小舟は其の下を過ぎ、

4幸いだなあ()波浪(なみ)()いでいる。

5大風が(ふっ)怒起(わきおこ)り、

(わたし)の舟は葉の(よう)に軽い。

(あるとき)は千丈の(がけ)(のぼ)り、

(あるとき)は千丈の(あな)に落ちる。

(ふるかえ)って九馬山を望めば、

10(まさ)に大浪()争っている。

11(まる)で鵞車の(いしゆみ)飛ばし

12睢陽城を乱れ打つよう。

13()(まる)で白獅子が、

14山の(ふもと)鬇鬡(ふりみだ)れて(とびかか)るよう。

15須臾(すぐ)(ほか)(いりえ)に入り、

16万死に一生を得た。

17始めて(わか)った、茵席(しきもの)湿(ぬれ)

18杯の中の(あつもの)(ことごと)(ひっくりかえ)っている、と鬇鬡は一に猙獰に作る〉


1九山:洞庭湖の東岸にある九山觜山。 11鵞車:城を攻めるために用いる戦車。 礟:石弓。 12睢陽城:安禄山の反乱軍に抗った張巡らがたてこもった城。 14鬇鬡:毛髪の乱れるさま。