2023年2月20日月曜日

白石歌054湘月

湘月

長溪楊声伯典長沙檝櫂、居瀕湘江、窓間所見、如燕公・郭熙画図、臥起幽適。丙午七月既望、声伯約予与趙景魯・景望・蕭和父・裕父・時父・恭父、大舟浮湘、放乎中流、山水空寒、烟月交映、凄然其為秋也。坐客皆小冠綀服、或弾琴、或浩歌、或自酌、或援筆搜句。予度此曲、即念奴嬌鬲指声也、於双調中吹之。鬲指亦謂之過腔、見晁無咎集、凡能吹竹者便能過腔也。

1五湖旧約、問経年底事、長負清景。
2瞑入西山、漸喚我一葉夷猶乗興。
3倦網都収、帰禽時度、月上汀洲冷。
4中流容与、画橈不点清鏡。

5誰解喚起湘霊、烟鬟霧鬢、理哀弦鴻陣。
6玉麈談玄、歎坐客・多少風流名勝。
7暗柳蕭蕭、飛星冉冉、夜久知秋信。
8鱸魚応好、旧家楽事誰省。

長溪の楊声伯(長沙の檝櫂すいうんつかさどる)が、湘江にのぞむあたりにんでいて、窓間まどから所見みえるのが、まるで燕公・郭熙の画図幽適ゆうが臥起くらしていた。丙午の七月既望じゅうろくにち、声伯がわたし趙景魯・景望・蕭和父・裕父・時父・恭父とやくそくして、大きな舟をかわうかべ、中流に放乎こぎだすと、山水は空寒さむざむしく、もやと月がこもごも映え、凄然として其為秋也すっかりあきだった。坐客ふねのきゃくな小さなぼうしあさぬのの服で、あるひとは琴を弾き、あるひとたからかに歌い、あるひとみずから酌をし、あるひとは筆をって句をつくった。わたしの曲をつくった、即ち「念奴嬌」の鬲指のおとあり、双調として於中これ吹いた。鬲指はこれを過腔とい、晁無咎の集に見えるが、凡そふえを吹くことができる者は便すなわち過腔ができるのである


1五湖での旧約(やくそく)(たずね)る、いち年が()って底事(なにごと)があったか、長らくこの清らかな(けしき)(そむ)いていたが。

2西山は瞑入(ひぐれ)て、(しだい)(わたし)()ぶ(声が聞こえる)、一葉(ふね)では夷猶(ゆったり)と興に乗じて。

(つかれ)(りょうし)(すべ)(かえ)り、帰る(とり)は時を()り、月は冷たい汀洲(みぎわ)に上る。

中流(ながれ)容与(ゆったり)と、画橈(かい)清鏡(みずも)不点(つけな)いで。

 

5誰が(でき)るだろう、湘(水の女神の)霊を()(おこ)し、烟鬟霧鬢(うつくしいかみ)で、哀弦鴻陣(こと)()かせることを。

玉麈(ほっす)もて談玄(かたりあ)坐客(きゃく)多少(どれほど)の風流名勝(めいし)がいることかと歎じる。

暗柳(やなぎ)蕭蕭(サーサー)と(風に吹かれ)、飛星(ほし)冉冉(ゆっくり)と(落ち)、夜は()け秋の信りを知る。

鱸魚(スズキ)(きっ)(すばら)しいだろう、旧家(かつて)の楽しみ事を誰が(わか)ろうか。


淳熙十三年(1186)、三十二歳の作。 0長溪:県名。いまの福建霞浦南。 楊声伯:未詳。 典長沙檝櫂:長沙一帯の船舶運航を管理する職。 湘江:広西に源を発し、北流して湖南の洞庭湖に流入する。 燕公:宋代に燕を姓とする有名な画家に、燕文貴や燕粛がいる。 郭熙:五代北宋の画家で、山水寒林を善くした。 丙午:宋の孝宗淳熙十三年(1186)。 既望:農暦十六日。 趙景魯・景望:一緒に遊興した人。 蕭和父・裕父・時父・恭父:蕭徳藻的甥、姜夔の妻の兄弟。 綀服:麻布の衣。 鬲指:「隔指」とも書く、音楽用語。簫や笛の孔を間一つ隔てる、の意。 晁無咎:晁補之の字。 吹竹:簫や笛を吹くこと。 1五湖:洞庭湖を含む湖。一説に太湖を指す。 底事:なにごと。 2暝:太陽が沈む。 夷猶:ゆったりと。 3時度:時刻に従って。 4容与:ゆったりしたさま。『楚辞』「九歌・湘夫人」に「時不可兮驟得、聊逍遥兮容与」とある。 清鏡:静かな湖面をいう。 5湘霊:湘水の女神。舜の二妃、娥皇と女英。瑟を善くしたと伝えられる。『楚辞』「遠遊」に「使湘霊鼓瑟兮、令海若舞馮夷」とある。 烟鬟霧鬢:髪が豊かで美しいさま。 理哀弦鴻陣:瑟を弾くこと。柱(ことじ)の並ぶさまが、陣を成して飛ぶ雁に似ている。「理」は調絃する。 6玉麈談玄:東晋の士大夫は常に玉麈を手にしながら清談した。「麈」は鹿に似た獣で、そ尾で作る払子(ほっす)。玉(ぎょく)の柄が付いている。ここは遊客に名士の風格があるようす。 名勝:もとは清談家をいう。ここは文人名士のこと。『世説新語』「文学」に「宣武集諸名勝講易、日説一卦」とある。 8「鱸魚」二句:故郷の鱸魚(スズキ)の膾(なます)と蓴菜の羹(スープ)を思い、官を辞して帰った張翰の故事。『世説新語』「識鑑」に見える。

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