予久客古沔、滄浪之烟雨、鸚鵡之草樹、頭陀・黄鶴之偉観、郎官・大別之幽処、無一日不在心目間。勝友二三、極意吟賞。朅来湘浦、歳晚凄然、歩繞園梅、摛筆以賦。
1冷雲迷浦、倩誰喚・玉妃起舞。
2歳華如許、野梅弄眉嫵。
3屐歯印蒼蘚、漸為尋花来去。
4自随秋雁南来、望江国・渺何処。
5新詩漫与、好風景長是暗度。
6故人知否、抱幽恨難語。
7何時共漁艇、莫負滄浪烟雨。
8況有清夜啼猿、怨人良苦。
予は久らく古沔に客としていて、滄浪(江)の烟る雨、鸚鵡(洲)の草と樹、頭陀(寺)や黄鶴(楼)の偉しい観、郎官(湖)や大別(山)の幽かな処、一日として心目間に不在いことは無かった。二、三の勝友と、極意から吟賞んだ。湘(江)の浦を朅来れるとき、歳の晚で凄然しく、園の梅を歩き繞って、筆を摛ねて以て賦む。
1冷たい雲が浦に迷う、誰に倩って喚ぶのか、玉妃が起舞す。
2歳華は如許か、野の梅が眉嫵を弄ぶ。
3屐の歯が蒼蘚に印をつけ、漸く花を尋ねる為に来去する。
4自ら秋の雁が南へと来るのに随って、江国を望めば、渺に何処。
5新しい詩を漫に与る、好しい風景は長是も暗かに度る。
6故人は知っているかどうか、幽恨を抱いて難語い。
7何時になったら漁艇を共にし、滄浪の烟る雨に莫負いでいられるだろう。
8況て清らかな夜に啼いている猿が有て、人を怨むこと良だ苦い。
淳熙十三年(1186)、三十二歳の作。 0古沔:湖北武漢漢陽。白石は江西鄱陽の人で、父がかつて漢陽知県で、幼年の頃に父に従って漢陽に住んだ。姉も漢陽で嫁ぎ、父の死後は姉のもとで育った。 滄浪:漢水のこと。 鸚鵡:武昌の鸚鵡洲。漢陽西南にある中州。唐・崔顥「黄鶴楼」詩の「晴川歴歴漢陽樹、芳草萋萋鸚鵡洲」が有名。 頭陀:寺の名。漢口西北にある。 黄鶴:楼の名。武漢蛇山黄鵠磯にあり、下は長江を臨み、風光明媚。蜀の費文禕が仙人となり黄鶴に乗って飛んでいる時、ここに休憩した。あるいは一老人の書いた黄鶴が歌に合わせて舞ったため、繁盛した酒屋が記念して建てた、などの伝説がある。 郎官:湖の名。漢陽東南にある。李白が夜郎に流された時、友人の尚書郎張謂らとここで遊んだことにちなみ、南湖から郎官湖に改名した。李白「泛沔州城南郎官湖」詩に「四坐酔清光、為歓古来無。郎官愛此水、因号郎官湖」とある。 大別:山の名。陸游『入蜀記』に「漢陽負山帯江、其南小山有僧寺者、大別山也」とある。 勝友:良友。 朅来:離れること。ここは漢陽から離れることをいう。 1玉妃:梅の花をいう。唐・皮日休「行次野梅」詩に「鶯払羅捎一樹梅,玉妃無侶独裴回」とある。 2眉嫵:眉目秀麗なさま、ここは梅の花の美しさ。 3屐歯:山登りで履く下駄。 蒼蘚:苔の類。 4江国:漢陽を指す。長江と漢水に臨んでいることから。 暗度:しらないあいだに去る。杜甫「舟中夜雪有懐」詩に「暗度南楼月、寒深北渚雲」とある。
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