2023年2月25日土曜日

白石歌052凄涼犯

凄涼犯〈仙呂調犯商調〉

合肥巷陌皆種柳、秋風夕起騒騒然。予客居闔戸、時聞馬嘶。出城四顧、則荒烟野草、不勝凄黯、乃著此解。琴有凄涼調、仮以為名。凡曲言犯者、謂以宮犯商・商犯宮之𩔖、如道調宮上字住、双調亦上字住、所住字同、故道調曲中犯双調、或於双調曲中犯道調、其他凖此。唐人楽書云、犯有正旁偏側、宮犯宮為正、宮犯商為旁、宮犯角為偏、宮犯羽為側。此説非也。十二宮所住字各不同、不容相犯。十二宮特可犯商角羽耳。予帰行都、以此曲示国工田正徳、使以啞觱栗吹之、其韻極美。亦曰瑞鶴仙影。

1緑楊巷陌。
2秋風起・辺城一片離索。
3馬嘶漸遠、人帰甚処、戍楼吹角。
4情懐正悪・更衰草寒烟淡薄。
5似当時・将軍部曲、迤邐度沙漠。

6追念西湖上、小舫携歌、晚花行楽。
7旧遊在否、想如今・翠凋紅落。
8漫写羊裙、等新雁来時繫著。
9怕匆匆・不肯寄与、誤後約。

合肥の巷陌(はなまち)では皆な柳を()えていて、秋風が夕べ()つと騒騒然(さわさわ)とする。(わたし)(たびびと)として()て戸を()じ、(しばし)ば馬の嘶くのを聞いた。(まち)を出て四顧(みまわ)すと、則ち荒烟野草(あれち)で、不勝(ひど)凄黯(わび)しい、(そこ)で此の(きょく)()いた。琴に凄涼調が有り、仮にそれ()名と()る。凡そ曲で犯と言うのは()、宮()に犯す・商が宮に犯すといった()𩔖()い、(たとえ)ば道調は宮の「上」字で(おわ)り、双調も亦た「上」字で(おわ)り、(おわ)る所の字が同じなので、故に道調の曲は(とちゅう)で双調に犯するし、或いは双調の曲中()も道調に犯する、其の他は(これ)に凖じる。唐の人の楽書に、「犯には正・旁・偏・側が有り、宮から宮へ犯するのを正と()し、宮から商へ犯するのを旁と為し、宮から角へ犯するのを偏と為し、宮から羽へ犯するのを側と為す」と()う。此の説はまちがっている(非也)。十二宮の(おわ)る所の字は各々不同(ちが)い、(たがい)に犯するのは不容(むずか)い。十二宮では()だ商・角・羽にのみ犯することができる(可耳)(わたし)行都(みやこ)に帰って、此の曲()国工の田正徳に示し、啞觱栗(ひちりき)(ふえ)()(これ)吹か(使)たところ、其の韻は極めて美しかった。()た「瑞鶴仙影」と()う。

 

緑楊(やなぎ)巷陌(みち)

2秋風が起ち、辺城(まちはずれ)は一片の離索(わび)さ。

3馬の嘶きは(しだい)に遠く、人は甚処(どこ)に帰るのか、戍楼(ものみやぐら)(ふえ)を吹いている。

情懐(きもち)(まこと)に悪い、更に衰草(かれくさ)と寒々しい(もや)淡薄(うす)くみえる。

(まる)で、当時の将軍の部曲(ぶたい)が、迤邐(うねうね)沙漠(わた)ったかのよう。

 

追念(おもいだ)す、西湖の(ほとり)小舫(こぶね)(うたひめ)(つれ)て、晚に花を行楽(たの)んだ。

(むかし)の遊びはいまも()るかどうか()(おも)うに如今(いま)()()(はな)()っているだろう。

(みだり)羊裙(てがみ)を写き、新しい雁が来くる時を()って繫著(つな)ごう

9(手紙を届けると言われている雁が)匆匆(そそくさ)として寄与(あずか)ることを不肯(しようとせ)ずに、後約(やくそく)(たが)えるのが(しんぱい)だ。


紹熙二年(1191)、三十七歳の作。 0凄凉犯:白石の自度曲で、楽譜が伝わる。仙呂調から双調に転調する。別名「瑞鶴仙影」。 著:ここは譜を書くこと。 解:楽曲の一章。 犯:音楽用語で、宮調から商調へ、商調から宮調へ、等の転調をいう。 上:俗楽で用いられる工尺譜による階名の一つ。西洋音階の「ソラシドレミファソラシ」にあたる階名を、それぞれ漢字で「合四一上尺工凡六五乙」と表記した。 住:曲の最後の音。一般にそれが主音となる。「結声」ともいう。 双調:曲調の名。 道調:曲調の名。 十二宮:1オクターブ内を十二律(黄鐘・大呂・太簇・夾鐘・姑洗・仲呂・蕤賓・林鐘・夷則・南呂・無射・応鐘)に分け、それぞれを主音とした曲調。曲調には、宮・商・角・徴・羽の5種類、あるいは変宮・変徴を加えた七種類があるので、掛け合わせると最大84種類の曲調が理論的には考えられる。ただし実践で使われたのはもっと少ない数で、楽器の特性に応じて具体的に何をどうすればよいか、「住」字が同じ曲調どうしでは「犯」ができることを、この詞序では論じている。 行都:南宋の臨安(浙江杭州)をいう。当時、北方を金に占領されていたが、南宋王朝はそれを認めず、都はあくまで汴京であり、臨安には行宮を置いているだけであると考えた。 国工:宮廷の楽工。 田正徳:乾道・淳熙年間の著名な楽師。周密『武林旧事』巻四に、この当時の教坊楽部の「篳篥色・徳寿宮、田正徳教坊大使」とある。 啞觱栗:篳篥のこと。西域から伝来した笛の一首。 2辺城:中原を金に占領されていたので、淮水が辺境となる。 離索:荒れ果てたさま。 3戍楼:城壁の上に築いた軍事用の物見やぐら。 5部曲:軍隊の編成の単位。 迤邐:くねくねと曲がりながら続くさま。 8羊裙:羊欣の裙(もすそ)。親しい友に贈る書信、の意。羊不疑の子で、若くして落ち着いた性格で他人と競うことがなく、談論が美しく、容姿や挙措にすぐれていた。経書や古典を広く読み、隷書を得意とした。十二歳の時に父の赴任先について行き、王献之に出会って気に入られた。羊欣が新しい絹の裙を着て昼寝をしていた時、王献之がそこに書を残して去った故事。『南史』「羊欣伝」に見える。 9後約:のちに会おうという約束。

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