合肥巷陌皆種柳、秋風夕起騒騒然。予客居闔戸、時聞馬嘶。出城四顧、則荒烟野草、不勝凄黯、乃著此解。琴有凄涼調、仮以為名。凡曲言犯者、謂以宮犯商・商犯宮之𩔖、如道調宮上字住、双調亦上字住、所住字同、故道調曲中犯双調、或於双調曲中犯道調、其他凖此。唐人楽書云、犯有正旁偏側、宮犯宮為正、宮犯商為旁、宮犯角為偏、宮犯羽為側。此説非也。十二宮所住字各不同、不容相犯。十二宮特可犯商角羽耳。予帰行都、以此曲示国工田正徳、使以啞觱栗吹之、其韻極美。亦曰瑞鶴仙影。
1緑楊巷陌。
2秋風起・辺城一片離索。
3馬嘶漸遠、人帰甚処、戍楼吹角。
4情懐正悪・更衰草寒烟淡薄。
5似当時・将軍部曲、迤邐度沙漠。
6追念西湖上、小舫携歌、晚花行楽。
7旧遊在否、想如今・翠凋紅落。
8漫写羊裙、等新雁来時繫著。
9怕匆匆・不肯寄与、誤後約。
合肥の巷陌では皆な柳を種えていて、秋風が夕べ起つと騒騒然とする。予は客として居て戸を闔じ、時ば馬の嘶くのを聞いた。城を出て四顧すと、則ち荒烟野草で、不勝く凄黯しい、乃で此の解を著いた。琴に凄涼調が有り、仮にそれで名と為る。凡そ曲で犯と言うのは、宮で商に犯す・商が宮に犯すといった𩔖を謂い、如ば道調は宮の「上」字で住り、双調も亦た「上」字で住り、住る所の字が同じなので、故に道調の曲は中で双調に犯するし、或いは双調の曲中でも道調に犯する、其の他は此に凖じる。唐の人の楽書に、「犯には正・旁・偏・側が有り、宮から宮へ犯するのを正と為し、宮から商へ犯するのを旁と為し、宮から角へ犯するのを偏と為し、宮から羽へ犯するのを側と為す」と云う。此の説はまちがっている。十二宮の住る所の字は各々不同い、相に犯するのは不容しい。十二宮では特だ商・角・羽にのみ犯することができる。予は行都に帰って、此の曲を国工の田正徳に示し、啞觱栗の角で之を吹かせたところ、其の韻は極めて美しかった。亦た「瑞鶴仙影」と曰う。
1緑楊の巷陌。
2秋風が起ち、辺城は一片の離索しさ。
3馬の嘶きは漸に遠く、人は甚処に帰るのか、戍楼で角を吹いている。
4情懐は正に悪い、更に衰草と寒々しい烟が淡薄くみえる。
5似で、当時の将軍の部曲が、迤邐と沙漠を度ったかのよう。
6追念す、西湖の上、小舫で歌を携て、晚に花を行楽しんだ。
7旧の遊びはいまも在るかどうか、想うに如今、翠は凋え紅は落っているだろう。
8漫に羊裙を写き、新しい雁が来くる時を等って繫著ごう。
9(手紙を届けると言われている雁が)匆匆として寄与ることを不肯ずに、後約を誤えるのが怕だ。
紹熙二年(1191)、三十七歳の作。 0凄凉犯:白石の自度曲で、楽譜が伝わる。仙呂調から双調に転調する。別名「瑞鶴仙影」。 著:ここは譜を書くこと。 解:楽曲の一章。 犯:音楽用語で、宮調から商調へ、商調から宮調へ、等の転調をいう。 上:俗楽で用いられる工尺譜による階名の一つ。西洋音階の「ソラシドレミファソラシ」にあたる階名を、それぞれ漢字で「合四一上尺工凡六五乙」と表記した。 住:曲の最後の音。一般にそれが主音となる。「結声」ともいう。 双調:曲調の名。 道調:曲調の名。 十二宮:1オクターブ内を十二律(黄鐘・大呂・太簇・夾鐘・姑洗・仲呂・蕤賓・林鐘・夷則・南呂・無射・応鐘)に分け、それぞれを主音とした曲調。曲調には、宮・商・角・徴・羽の5種類、あるいは変宮・変徴を加えた七種類があるので、掛け合わせると最大84種類の曲調が理論的には考えられる。ただし実践で使われたのはもっと少ない数で、楽器の特性に応じて具体的に何をどうすればよいか、「住」字が同じ曲調どうしでは「犯」ができることを、この詞序では論じている。 行都:南宋の臨安(浙江杭州)をいう。当時、北方を金に占領されていたが、南宋王朝はそれを認めず、都はあくまで汴京であり、臨安には行宮を置いているだけであると考えた。 国工:宮廷の楽工。 田正徳:乾道・淳熙年間の著名な楽師。周密『武林旧事』巻四に、この当時の教坊楽部の「篳篥色・徳寿宮、田正徳教坊大使」とある。 啞觱栗:篳篥のこと。西域から伝来した笛の一首。 2辺城:中原を金に占領されていたので、淮水が辺境となる。 離索:荒れ果てたさま。 3戍楼:城壁の上に築いた軍事用の物見やぐら。 5部曲:軍隊の編成の単位。 迤邐:くねくねと曲がりながら続くさま。 8羊裙:羊欣の裙(もすそ)。親しい友に贈る書信、の意。羊不疑の子で、若くして落ち着いた性格で他人と競うことがなく、談論が美しく、容姿や挙措にすぐれていた。経書や古典を広く読み、隷書を得意とした。十二歳の時に父の赴任先について行き、王献之に出会って気に入られた。羊欣が新しい絹の裙を着て昼寝をしていた時、王献之がそこに書を残して去った故事。『南史』「羊欣伝」に見える。 9後約:のちに会おうという約束。
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