予自孩幼從先人宦于古沔、女須因嫁焉。中去復来幾二十年、豈惟姊弟之愛、沔之父老児女子亦莫不予愛也。丙午冬、千巖老人約予過苕霅、歳晚乗濤載雪而下、顧念依依、殆不能去。作此曲別鄭次皋・辛克清・姚剛中諸君。
1衰草愁烟、乱鴉送日、風沙回旋平野。
2払雪金鞭、欺寒茸帽、還記章台走馬。
3誰念漂零久、謾贏得・幽懐難写。
4故人清沔相逢、小窓閑共情話。
5長恨離多会少、重訪問竹西、珠涙盈把。
6雁磧波平、漁汀人散、老去不堪遊冶。
7無奈苕溪月、又照我・扁舟東下。
8甚日帰来、梅花零乱春夜。
淳熙十三年(1186)、三十二歳の作。 0古沔:湖北武漢漢陽。歌031「清波引」の注、参照。 幾二十年:父の姜噩が漢陽に赴任したのは孝宗の隆興年間初めで、それから淳熙丙午(十三年)まで、約二十年間を漢陽で過ごした。この年、蕭徳藻に随って漢陽を離れ、再び戻って来ることはなかった。 千巖老人:蕭徳藻のこと。 苕霅:苕渓と霅渓。苕渓は浙江湖州烏程の南を流れ、霅溪は烏程の東南を流れて、四水に合流する。蕭徳藻は紹興年間に科挙に登第し、初め烏程令となった。この時は官を辞して湖州へ帰るところで、白石を帯同した。 鄭次皋・辛克清・姚剛中:漢陽時代の友人。詩001「以長歌意無極好為老夫聴為韻奉別沔鄂親友」、参照。 2茸帽:絨帽。柔らかい獣の毛の帽子。 章台走馬:若い頃の遊興。漢の長安に章台という繁華な街(大通り)があった。『漢書』「張敞伝」に「時罷朝会、過走馬章台街」とある。ここは漢陽城内の大通りをいう。 4清沔:沔水のこと。漢水とも呼ばれる。漢陽は漢水に臨んでいる。 5竹西:揚州の名勝である竹西亭一帯。白石は淳熙三年(1176)に漢陽から揚州まで下ったことがある。 盈把:あふれる。「把」は一握りの分量をいう。 6雁磧:雁が棲息している岸。 漁汀:漁船が停泊する岸辺。
3誰念漂零久、謾贏得・幽懐難写。
4故人清沔相逢、小窓閑共情話。
5長恨離多会少、重訪問竹西、珠涙盈把。
6雁磧波平、漁汀人散、老去不堪遊冶。
7無奈苕溪月、又照我・扁舟東下。
8甚日帰来、梅花零乱春夜。
予は孩幼から先人が古沔に宦于するのに從い、女須は因に焉に嫁いだ。中どこかへ去っても復が来り幾二十年、豈て惟だ姊と弟の愛だけであろう、沔の父老や児女子も亦た予を愛して莫不かったのである。丙午の冬、千巖老人が予と約して苕霅(二水の一帯)を過り、歳の晚に濤に乗り雪を載いて下った、顧って念うこと依依として、殆ど去ることができない。此の曲を作って鄭次皋・辛克清・姚剛中ら諸君と別れる。
1衰草は烟に愁い、乱鴉は日を送り、風にふかれて沙は平野を回旋る。
2雪を払う金鞭、寒さを欺く茸帽、還た章台走馬を記す。
3誰が念うだろう、久しく漂零れて、謾に写し難い幽懐のみ贏得すとは。
4故人と清らかな沔(水)で相逢って、小窓のそばで閑かに情のこもった話を共にしたけど。
5長らく恨んでいた、離れることは多く会うことは少ない、重び竹西(亭)を訪問たら、珠涙が盈把るだろう。
6雁のすむ磧は波が平らかになり、漁(船)のとまる汀は人が散り、老去て遊冶には不堪い。
7苕溪の月を無奈い、又た我の扁舟が東へと下るのを照らしている。
8甚日また帰って来るだろう、梅の花が零り乱れる春の夜に。
淳熙十三年(1186)、三十二歳の作。 0古沔:湖北武漢漢陽。歌031「清波引」の注、参照。 幾二十年:父の姜噩が漢陽に赴任したのは孝宗の隆興年間初めで、それから淳熙丙午(十三年)まで、約二十年間を漢陽で過ごした。この年、蕭徳藻に随って漢陽を離れ、再び戻って来ることはなかった。 千巖老人:蕭徳藻のこと。 苕霅:苕渓と霅渓。苕渓は浙江湖州烏程の南を流れ、霅溪は烏程の東南を流れて、四水に合流する。蕭徳藻は紹興年間に科挙に登第し、初め烏程令となった。この時は官を辞して湖州へ帰るところで、白石を帯同した。 鄭次皋・辛克清・姚剛中:漢陽時代の友人。詩001「以長歌意無極好為老夫聴為韻奉別沔鄂親友」、参照。 2茸帽:絨帽。柔らかい獣の毛の帽子。 章台走馬:若い頃の遊興。漢の長安に章台という繁華な街(大通り)があった。『漢書』「張敞伝」に「時罷朝会、過走馬章台街」とある。ここは漢陽城内の大通りをいう。 4清沔:沔水のこと。漢水とも呼ばれる。漢陽は漢水に臨んでいる。 5竹西:揚州の名勝である竹西亭一帯。白石は淳熙三年(1176)に漢陽から揚州まで下ったことがある。 盈把:あふれる。「把」は一握りの分量をいう。 6雁磧:雁が棲息している岸。 漁汀:漁船が停泊する岸辺。
0 件のコメント:
コメントを投稿