1伯労飛燕若為忙、
2還憶東斎夜共牀。
3別後無書非棄我、
4春前会面却他郷。
5連宵為説経憂患、
6異日相逢各老蒼。
7更欲少留天不許、
8暁風吹艇入垂楊。
京口にて張思順に留別した
1伯労や飛燕は若為て忙しげなのでしょう、
2還た憶す、東斎での夜の共牀。
3別れて後、書は無かったが、我を棄てたのではなかった、
4春の前に却と他郷で会面えた。
5連宵も憂患を経たことを為説ったが、
6異日か相逢うときには各れ老蒼ていることでしょう。
7更に少らく留めたいが、天が不許い、
8暁の風が艇に吹いて垂楊が入ってくる。
淳熙十三年(1186)末から翌年春、三十二~三十三歳の作。 0京口:いまの江蘇省鎮江市。209年に孫権がここに都を置き、211年に建業に都を遷してから、京口鎮と改称した。 張思順:張履信、字は思順、鄱陽の人。淳熙十二年十一月に鎮江府江口鎮監税官(京口)に在任、同十四年に丹陽県へ離任した。 留別:別れる人に詩文を記念として与えること。 1伯労飛燕:別れる友人や親戚。ここは自分と張思順を指す。『玉台新詠』「東飛伯労歌」に「東飛伯労西飛燕、黄姑織女時相見」とある。「伯労」は百舌(もず)の異名。 若為:どうして。 2東斎:未詳。
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