2022年10月10日月曜日

269天香(王沂孫)

天香  王沂孫

龍涎香

1孤嶠蟠煙、層濤蛻月、驪宮夜采鉛水。
2汛遠槎風、夢深薇露、化作断魂心字。
3紅瓷候火、還乍識・氷環玉指。
4一縷縈簾翠影、依稀海天雲気。

5幾回殢嬌半酔、翦春灯・夜寒花碎。
6更好故渓飛雪、小窓深閉。
7荀令如今頓老、総忘却・樽前旧風味。
8漫惜余薰、空篝素被。

龍涎香

1岩礁にくねる煙、波濤に浮かぶ月、驪宮の夜に龍の涎を採る。
2さっと遠く筏は風に乗り、夢の奥で薇露水と化して、心ときめかせる「心字」の篆香に作られる。
3赤い甕にいれてとろ火で練り上げ、たちまち白玉の腕輪や白い指のようになる。
4簾にまとわりつくひとすじの煙は、まるで海の空にうかぶ雲の気。

5いくたびあの人はぐったりと半ば酔うように、春の蠟燭の芯を切っただろう、夜は寒く花は碎けて。
6さらに素晴らしかった、故郷の谷に飛ぶ雪、小窓は深く閉ざされて。
7荀令のような私も今やにわかに老いて、すべて忘れた、宴席での昔の味わい。
8みだりに残り香を惜しんで、からの籠に白い衣を置く。

蔡義江『宋詞三百首全解』注:
0龍涎香:抹香鯨が胃の病気になった時に出す分泌物で、海上で得るので龍涎や龍泄と呼ばれる。ほかの香料と合わせる。その香りは強烈で、長いあいだ残り、貴重な香料とされる。宋元時代は、薫香としても用いられた。「大食国の西の海に、上は雲気に覆われ、下にはとぐろを巻いた形の大きな石があり、それが臥して涎を吐くと、水面に浮かんで太陽によって錬られ、結晶する。軽く浮くものは、いろいろな香料と合わせるのによく、焚くと、さまざまな香りの集まった煙が、いつまでも消えない。……鮫人がこれを採り、至宝としている。新しい物は白く……、人がこれを焚くと、翠の煙が漂い、集まって散らない」(『嶺南雑記』)という。 1嶠:山が険しく高いこと。ここは海洋中の岩礁をいう。 蟠:くねり曲がる。 蛻月:月光が波濤に映り、キラキラと鱗からあふれているようなさま。 驪宮:驪龍※が住むという伝説がある。 鉛水:龍(実際は鯨)が吐き出す白い涎。 2汛遠槎風:龍涎が香を採る人の乗る筏(槎)で遠くまで運ばれること。「槎」は速い潮にあうか風に乗って、進むため。 夢深薇露:薔薇水で調合して、龍涎の香がさらに強くなっているのが、深い夢境に入ったかのよう。 心字:「心」字にした篆香。楊万里「謝胡子遠……報以龍涎香」詩に「遂以龍涎心字香、為君興雲繞明窓(遂に龍涎心字香を以て、君が為に雲を興し明窓に繞らせん)」とある。 3紅瓷候火:とろ火で香が仕上がるのを待ち、紅瓷(かめ)に入れてフタをして保存する。 氷環玉指:龍涎香を白玉の輪や女性の細い指のように成形する。 5殢:音は「替」、ぐったりすること。 7荀令:三国時代の荀彧、尚書令となった。曹操に荀令君と呼ばれた。習鑿歯『襄陽記』に「荀令君が人の家に行って座ると、三日はその香りが抜けなかった」とある。李商隠「牡丹」詩に「荀令香炉可待薫(荀令の香炉 薫ずるを待つべし)」とあり、薫香を好んだことも分かる。 8篝:薫香で用いる薫籠。ここは動詞。

※驪龍:黒色の龍。顎の下に貴重な珠を持っているともいわれる。

龍涎香

 

(がんしょう)(くね)る煙、層濤(なみ)(うか)ぶ月、驪宮の夜に鉛水(龍涎)()る。

(さっ)(いかだ)に風、夢の(おく)で薇露と、化して断魂(こころときめ)かせる「心字」に作る。

紅瓷(あかいかめ)候火(とろび)で、()(たちま)氷環(ぎょくかん)や玉指のように()る。

一縷(ひとすじ)の簾に(まと)わる翠影(けむり)は、依稀(まる)で海の(そら)の雲気。

 

幾回(いくたび)殢嬌(ぐったり)い、春の灯を()った、夜は寒く花は碎けて。

6更に(すばら)しかった、(ふるさと)(たに)に飛ぶ雪、小窓は深く閉ざされて。

荀令(わたし)如今(いま)(にわか)に老い、(すべ)忘却(わすれ)た、樽前(えんせき)(むかし)風味(あじわい)

(みだり)余薰(のこりが)を惜しんで、(から)(かご)素被(しろいころも)


tiān xiāng

lóng xián xiāng

1 gū jiào pán yān,céng tāo tuì yuè,lí gōng yè cǎi qiān shuǐ.
2 xùn yuǎn chá fēng,mèng shēn wēi lù,huà zuò duàn hún xīn zì.
3 hóng cí hòu huǒ,hái zhà shí、bīng huán yù zhǐ.
4 yì lǚ yíng lián cuì yǐng,yī xī hǎi tiān yún qì.

5 jǐ huí tì jiāo bàn zuì,jiǎn chūn dēng、yè hán huā suì.
6 gèng hǎo gù xī fēi xuě,xiǎo chuān shēn bì.
7 xún lìng rú jīn dùn lǎo,zǒng wàng què、zūn qián jiù fēng wèi.
8 màn xī yú xūn,kōng gōu sù bèi.

0 件のコメント:

コメントを投稿