淡黄柳 姜夔
客居合肥南城赤闌橋之西、蒼陌淒涼、与江左異、惟柳色夾道、依依可憐。因度此闋、以紓客懐。1空城暁角、吹入垂楊陌。
2馬上単衣寒惻惻。
3看尽鵝黄嫩緑、都是江南旧相識。
4正岑寂、明朝又寒食。
5強携酒・小橋宅。
6怕梨花落尽成秋色。
7燕燕飛来、問春何在、惟有池塘自碧。
合肥の街の南、赤闌橋の西に泊まると、通りは寂しく、江左と違って、ただ柳が道をはさんで、そよそよと可憐だった。そこでこの歌を作り、そうして旅の思いを述べる。
1ひとけのない街に暁の角笛の音が、柳の路に風にのって吹き入る。
2馬上に単衣でいると、寒さがぞわぞわ。
3鵞鳥の黄色に似た柔らかい緑の葉を見尽くす、すべて江南の顔なじみ。
4ちょうど寂しい、明朝もまた寒食のころ。
5むりに酒を携える、あの人の家に。
6梨の花が散り尽くして、秋の景色になるのが怖い。
7燕が飛んで来て、春はどこかと尋ねる、ただ池だけが青く残る。
蔡義江『宋詞三百首全解』注:
5小橋宅:恋人のいる所。夏箋(夏承燾『姜白石詞編年便箋校』)は鄭文焯の校訂に反駁して「鄭説は非なり。「解連環」にも「大喬」「小喬」の句があり、張本は正しく「橋」としている。『三国志』「周瑜伝」では大喬・小喬とも木ヘンとしていて、喬姓はもと「橋」だった。……宋翔風『過庭録』にも『三国志』の橋公・大橋・小橋の「橋」を「喬」とすべきではない、とある。姜詞の「橋」は間違いではなく、詞に「強携酒小橋宅」とあるのも、自分が住んでいた赤闌橋でないのは明らかである。ここは小橋は合肥の恋人のことであろう」という。 6梨花落尽成秋色:李賀「河南府試十二月楽詞・三月」に「梨花落尽成秋苑(梨花落ち尽くして秋苑と成る)」とある。
合肥の南城の赤闌橋の西に客居ると、蒼陌は淒涼しく、江左と異なり、惟だ柳色が道を夾んで、依依と可憐だった。
因で此の闋を度り、以て客の懐を紓べる。
1空い城に暁の角、垂楊の陌に吹き入って。
2馬上の単衣、寒さが惻惻。
3鵝黄と嫩緑を看尽くす、都是て江南の旧相識。
4正ど岑寂しい、明朝も又た寒食。
5強に酒を携える、小橋の宅。
6梨の花が落り尽くして秋の色に成るのが怕い。
7燕燕が飛んで来て、春は何在かと問ねる、惟だ池塘だけが自碧で有る。
dàn huáng liǔ
kè jū hé féi nán chéng chì lán qiáo zhī xī,cāng mò qī liáng,yǔ jiāng zuǒ yì,wéi liǔ sè jiā dào,yī yī kě lián.
yīn dù cǐ què,yǐ shū kè huái.
1 kōng chéng xiǎo jiǎo,chuī rù chuí yáng mò.
2 mǎ shàng dān yī hán cè cè.
3 kàn jìn é huáng nèn lǜ,dōu shì jiāng nán jiù xiāng shí.
4 zhèng cén jì,míng cháo yòu hán shí.
5 qiáng xié jiǔ、xiǎo qiáo zhái.
6 pà lí huā luò jìn chéng qiū sè.
7 yàn yàn fēi lái,wèn chūn hé zài,wéi yǒu chí táng zì bì.
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