2022年9月20日火曜日

184踏莎行(姜夔)

踏莎行  姜夔

自沔東来、丁未元日、至金陵、江上感夢而作。

1燕燕軽盈、鶯鶯嬌軟、分明又向華胥見。
2夜長争得薄情知、春初早被相思染。

3別後書辞、別時針線、離魂暗逐郎行遠。
4淮南皓月冷千山、冥冥帰去無人管。

沔東から来て、丁未元日に、金陵に至り、川のほとりで夢に感じて作った。

1燕燕は軽やかに、鶯鶯は艶めかしく、はっきりとまた華胥で会った。
2夜は長い、薄情なあなたには分かるはずもない、春の初めには早くも相思によって染められていた。

3別れた後の手紙の言葉、別れる時の針仕事、魂だけでもひそかに貴方を追ってどこまでも行きたかった。
4淮南の白い月に千山は冷たい、暗い中、帰っても誰もいない。

蔡義江『宋詞三百首全解』注:
0沔:沔州、今の湖北漢陽、姜夔の第二の故郷。 丁未:淳熙十四年(1187)。 1燕燕・鶯鶯:好きな若く美しい女性の愛称。蘇軾は張先が妾を買ったと聞き、「詩人老去鶯鶯在、公子帰来燕燕忙(詩人老い去りて鶯鶯在り、公子帰り来りて燕燕忙し)」と詩作って贈った。夏承燾『姜白石詞編年箋校』に「この詞は「淮南」といい、合肥の人を想って作ったのは疑いない。「琵琶仙」の「有人似旧曲桃根桃葉」、「解連環」の「為大喬能抜春風、小喬妙移箏、雁啼秋水」、ここの「燕燕鶯鶯」、その人はあるいは勾欄※の姉妹かも知れない」という。 華胥:よい夢のこと。黄帝はかつて夢で華胥氏の国に遊んだ。張掄155「燭影搖紅」の注、参照。 3「離魂」句:『詩詞曲語辞匯釈』に「郎行」は「郎辺」、「行」は「ここ、そこ」の意、とあるのにもとづく解釈が多く、当時そういう使い方も多かったが、この句は唐代伝奇「離魂記」の記事を用いて、「行路」の「行」、つまり「遂郎遠行」と解釈するほうがよい。「低声問向誰行宿」※※などの用法とは異なる。

※勾欄は、宋元時代の諸都市にあった劇場。舞台の周りが欄干で囲まれていた。
※※「低声問向誰行宿」は、周邦彦「少年遊」詞の句。

沔東から()来て、丁未元日に、金陵に至り、(かわ)(ほとり)で夢に感じて作った。

 

1燕燕は軽盈(かろやか)に、鶯鶯は嬌軟(なまめか)しく、分明(はっきり)()た華胥()()った。

2夜は長い、薄情で(わか)争得(はずもな)い、春の初めに早くも相思で染められ()た。

 

3別れた後の(てがみ)(ことば)、別れる時の針線(はりしごと)離魂(たましい)(ひそ)かに(あなた)()って行遠(どこまでもいきたか)った。

4淮南の(しろ)い月に千山は冷たい、冥冥(くら)いなか帰去(かえ)っても無人管(だれもいな)い。


tà suō xíng

zì miǎn dōng lái,dīng wèi yuan rì,zhì jīn líng,jiāng shàng gǎn mèng ér zuò.

1 yàn yàn qīng yíng,yīng yīng jiāo ruǎn,fēn míng yòu xiàng huá xū jiàn.
2 yè cháng zhēng dé bó qíng zhī,chūn chū zǎo bèi xiāng sī rǎn.

3 bié hòu shū cí,bié shí zhēn xiàn,lí hún àn zhú láng xíng yuǎn.
4 huái nán hào yuè lěng qiān shān,míng míng guī qù wúr én guǎn.

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