2022年9月17日土曜日

176永遇楽(辛棄疾)

永遇楽  辛棄疾

京口北固亭懐古

1千古江山、英雄無覓、孫仲謀処。
2舞榭歌台、風流総被、雨打風吹去。
3斜陽草樹、尋常巷陌、人道寄奴曾住。
4想当年、金戈鉄馬、気吞万里如虎。

5元嘉草草、封狼居胥、贏得倉皇北顧。
6四十三年、望中猶記、灯火揚州路。
7可堪回首、仏狸祠下、一片神鴉社鼓。
8憑誰問、廉頗老矣、尚能飯否。

京口北固亭でいにしえを懐かしむ

1千古のむかしからある江山、英雄は見当たらない、孫仲謀がいたところ。
2舞い歌ったたかどの、あの頃の風流はすべて、雨に打たれ風に吹かれたせいで去ってしまった。
3夕日に照らされる草や樹、庶民の暮らす通り、人は言う、南朝宋の武帝劉裕がかつて住んだところだ、と。
4思う、あのころ、軍隊の気は万里を吞むこと虎のようだったろう、と。

5文帝劉義隆はそそくさと、敵を居胥に封じようとしたが、あわてて北へ逃げて終わった。
6四十三年がたち、対岸の中原を望めば、まだ思い出す、灯火ともる揚州路。
7振り返るのは耐えられない、仏狸祠のもとでは、祭祀の品を啄むカラスや社日の祭祀の鼓の音、天下太平のさま。
8誰を頼って尋ねればいいだろう、廉頗のような私は老いて、なお飯を食らうことができるかどうか、と。

蔡義江『宋詞三百首全解』注:
0京口:今の江蘇鎮江市。三国時代、孫権がここを都とした。江をはさんで攻防する戦略の要地だった。 北固亭:鎮江東北の北固山にあり、下は長江を臨み、三面を河に囲まれ、登臨する景勝地。北固楼、北顧亭ともいう。 1「英雄」句:「英雄孫仲謀無処覓(英雄孫仲謀が見つからない)」ということ。孫権、字は仲謀、京口で創業し、劉備との連合軍で曹操軍に赤壁で大勝利した。 3寄奴:南朝宋の武帝劉裕、小字は寄奴、若いころ京口にいて、家は貧しく、後に東晋の北府兵将領となり、桓玄を打ち破った。十六州都督に任ぜられ、京口の鎮守となり、東晋の大権を掌握した。南燕、後燕、蜀、後秦の諸国を次々に滅ぼし、洛陽・長安を奪還した。官は相国となり、宋王に封じられ、晋に代わって帝を称して、国号を宋に改めた。 5「元嘉」二句:武帝の子の文帝劉義隆の年号、ここは元嘉で文帝を指す。漢の武帝の時代、霍去病が匈奴を狼居胥山(今の内蒙古自治区西北)まで追撃し、山を封鎖して返った。「封狼居胥」は北伐して功績を挙げること。宋の文帝は王玄謀の北伐の策略を聞いて「人を使いして封狼居胥の意有り」と考え、王玄謀に滑台を攻撃するよう命じた。しかし王玄謀は大言壮語しただけで、元嘉二十七年(450)、北伐が始まると、北魏の太武帝拓跋燾に大敗した。『宋書』「王玄謀伝」に見える。 倉皇北顧:あわただしく南へ逃げる時に、追ってくる敵を振り返る。 6「四十三年」句:紹興三十一年(1161)冬十月、金主完顔亮が淮河を渡って宋に侵攻し、耿京が賈瑞・辛棄疾らを南へ派遣して宋の朝廷と連絡を取った。辛棄疾の一行は十一人、ちょうど金兵が無理に長江を渡ろうとして、完顔亮が部下に矢を射られて殺され、揚州路が戦火に包まれていた時だったので、金の軍営を突破して、江を渡って南へ来た。その年の冬から、辛棄疾が北固亭に登った嘉泰四年(1204)の秋まで、ちょうど四十三年になる。京口の対岸が揚州の瓜州渡なので、「望中」という。 7可堪:どうしてできようか。 仏狸祠:北魏の太武帝拓跋燾の小字が仏狸で、王玄謀軍に勝利したあと、瓜歩(今の江蘇六合の東南)まで攻め込んだ。のちにここに武帝廟が建てられた。それが仏狸祠である。ここは仏狸を借りて、完顔亮が揚州瓜歩鎮亀山寺で突然の部下の叛乱により矢を射られて殺されたことを言う。 神鴉:祭祀の品をついばむカラス。 社鼓:社日の祭祀の鼓のおと。いずれも太平の賑わいの風景で、金兵の南侵で中原が敵の手中に陥落した恥辱を、人々が忘れてしまったことを言う。 8廉頗:戦国時代の趙国の名将。後に重用されなくなり、大梁で隠遁生活をした。秦兵が趙を取り囲んだ時、趙王は廉頗を起用しようとして、まず使者に偵察に行かせた。廉頗は使者の目の前で、食事に一斗の米、十斤の肉を食らい、それから甲冑をつけて馬に乗り、自分がどれほど戦えるか誇示した。だが使者は奸臣から賄賂を受け取っていたので、廉頗を誹謗して、「廉将軍は老いて食事の量はまずまずですが、私と座談しているわずかな間に、トイレに三回も立ちました」と報告した。趙王は廉頗を老齢で役に立たないと判断し、起用しなかった。『史記』「廉頗藺相如列伝」に見える。ここは作者自身をなぞらえる。

京口北固亭で(いにしえ)(おも)

 

1千古の江山、英雄は無覓(みあたらな)い、孫仲謀の(ところ)

2舞い歌った榭台(たかどの)風流(すべ)て、雨に打たれ風に吹かれたせい()で去った。

斜陽(ゆうひ)の草や樹、尋常(しょみん)巷陌(とおり)、人は()う、寄奴(ぶてい)(かつ)て住んだところ、と。

(おも)う、当年(あのころ)金戈鉄馬(ぐんたい)の、気は万里を吞むこと虎の(よう)だったろう、と。

 

元嘉(ぶんてい)草草(そわそわ)と、(てき)を居胥に封じようとして、倉皇(そそくさ)北顧(にげ)贏得(おわ)った。

6四十三年たち、(たいがん)を望めば()(おもいだ)す、灯火の揚州路。

回首(ふるかえ)るのは可堪(たえられな)い、仏狸祠の(もと)一片(そこらじゅう)神鴉社鼓(たいへい)

8誰を(たよ)って(たず)ねよう、廉頗(わたし)老矣(おい)て、()()らうことが(でき)るか(どう)か、と。


yǒng yù lè

jīng kǒu běi gù tíng huái gǔ

1 qiān gǔ jiāng shān,yīng xióng wú mì,sūn zhòng móu chù.
2 wǔ xiè gē tái,fēng liú zǒng bèi,yǔ dǎ fēng chuī qù.
3 xié yáng cǎo shù,xún cháng xiàng mò,rén dào jì nú céng zhù.
4 xiǎng dāng nián,jīn gē tiě mǎ,qì tūn wàn lǐ rú hǔ.

5 yuán jiā cǎo cǎo,fēng láng jū xū,yíng dé cāng huáng běi gù.
6 sì shí sān nián,wàng zhōng yóu jì,dēng huǒ yang zhōu lù.
7 kě kān huí shǒu,fó lí cí xià,yí piàn shén yā shè gǔ.
8 píng shéi wèn,lián pō lǎo yǐ,shàng néng fàn fǒu.

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