2022年9月25日日曜日

190揚州慢(姜夔)

揚州慢  姜夔

淳熙丙申至日、余過維揚。夜雪初霽、萕麦弥望。入其城則四顧蕭条、寒水自碧、暮色漸起、戌角悲吟。余懐愴然、感慨今昔、因自度此曲。千岩老人以為有黍離之悲也。

1淮左名都、竹西佳処、解鞍少駐初程。
2過春風十里、尽萕麦青青。
3自胡馬窺江去後、廃池喬木、猶厭言兵。
4漸黄昏、清角吹寒、都在空城。

5杜郎俊賞、算而今・重到須驚、縦豆蔻詞工、青楼夢好、難賦深情。
6二十四橋仍在、波心蕩・冷月無声。
7念橋辺紅葉、年年知為誰生。

淳熙丙申の冬至の日、私は維揚を通った。夜に雪がちょうど晴れて、萕(なずな)や麦が見渡せた。その街に入ると、そこはどこもかしこも寂しく、寒々とした川ばかりが青く、暮色が次第に立ち、異民族の角笛を吹く音が悲しげに響いた。私は愴然とした思いを抱いて、今と昔の変わりようをしみじみと思い、そこでこの曲を作曲した。千岩老人は、「黍離の悲哀が有る」と思ったようだ。

1淮水の東の名都、竹西亭のある佳きところ、鞍をほどいてしばらく馬を駐める、旅程の初めに。
2「春風十里」と謳われた揚州の路を通ってきたが、萕と麦が青青と続くばかり。
3えびすの馬が長江を狙って去った後、荒廃した池やその岸にそびえる喬木は、今もなお兵乱を語るのはうとましげ。
4次第にたそがれて、角笛を吹く寂しい音が寒々と、ひっそりした街をおおっている。

5杜牧さんは激賞したが、おそらく今、再びここに来たらきっと驚くだろう、たとえ豆蔻(ナツメグ)で少女を喩えた詞の工みさ、青楼での夢の素晴らしさで人々を感動させた彼であっても、深い思いを詩に賦すのは難しかろう。
6揚州の二十四橋はまだある、波の中心は蕩い、冷たい月が音もなく映っている。
7思う、橋のそばの芍薬は、くる年もくる年も誰のために咲くのか、分かっているのだろうか、と。

蔡義江『宋詞三百首全解』注:
0淳熙丙申至日:宋の孝帝淳熙三年(1176)冬至 維揚:揚州、いま江蘇省に属する。 千岩老人:蕭徳藻、字は東夫、福建の人。晩年は湖州に住み、その地の弁山千岩の秀麗を愛し、千岩老人と号した。姪を白石に嫁がせた。白石は十年後にはじめて蕭徳藻に従って各地を旅した。夏承燾先生は「この詞の小序末の句は、後に加えられたものであろう。白石の詞にそうした例は多い。『翠楼吟』『満江紅』『凄涼犯』などもみなそうである」(『姜白石詞編年箋校』)という。 黍離之悲:『詩経』王風「黍離」の毛詩序に、周が東遷した後、士大夫は旧都の宗廟宮殿が平らになって、田畑として黍や稗が一面に植えられているのを見て、「周室の顚覆するを憫み、彷徨して去るに忍びず、而して是の詩を作るなり」とある。詩は「彼黍離離(彼の黍の離離たり)」で始まる。「離離」は列をなしているさま。 1淮左:淮揚一帯、宋代には南東路が置かれ、「淮左」と呼ばれた。 竹西:揚州城の東の禅智寺のそばに竹西亭がある。杜牧「題禅智寺」詩に「誰知竹西路、歌吹是揚州(誰か知る 竹西の路、歌い吹くは是れ揚州)」とある。 2春風十里:もとは揚州の繁華なさまをいう。杜牧「贈別」詩に「春風十里揚州路、巻上珠簾総不如(春風十里 揚州の路、珠簾を巻き上ぐれど総べて如かず)」とある。 3胡馬窺江:金兵が南侵して揚州を犯したこと。前後二回あり、高宗の建炎三年(1129)と紹興三十一年から隆興二年(1161~1164)、後の一回はこの詞の制作の十数年前。 5杜郎:杜牧のこと。 6豆蔻詞、青楼夢:杜牧「贈別」詩に「娉娉裊裊十三余、豆蔻梢頭二月初(娉娉嫋嫋たる十三余、荳蔻の梢頭 二月の初)」、また「遺懐」詩に「十年一覚揚州夢、贏得青楼薄幸名(十年一覚 揚州の夢、贏し得たり 青楼薄幸の名)」とある。 7二十四橋:杜牧「寄揚州韓綽判官」詩に「二十四橋明月夜、玉人何処教吹簫(二十四橋 明月の夜、玉人 何れの処にか吹簫を教うる)」とある。揚州は唐代もっとも栄えて、二十四の橋が記録されている。北宋の時代には南橋・小市橋・広済橋・開明橋・通泗橋・万歳橋・山光橋など七から八の橋が残っていた。沈括『補筆談』に見える。白石がいう「二十四橋仍在」は事実を記録したものではない。また一説に、二十四橋とは呉家磚橋、別名紅薬橋のことで、街の西の郊外にあり、二十四の美人がそこで簫を吹いたと伝えられる、という。この説は杜牧の詩の「何処にて簫を吹く」とは合致せず、杜牧の詩や白石の詞から牽強付会したものであろう。 8橋辺紅:揚州の芍薬は、天下に名が聞こえていた。『一統志』に「開明橋の左右、春月 芍薬の花市 甚だ盛んなり」とある。

 

淳熙丙申の至日(とうじ)(わたし)は維揚を(とお)った。夜に雪が(ちょう)()み、(なずな)や麦が(とお)(みわた)せた。

()(まち)に入ると(そこ)四顧(どこもかしこ)蕭条(さび)しく、(つめ)たい(かわ)(それだけ)(みどり)で、暮色が(しだい)()ち、戌角(つのぶえ)が悲しげに(ひび)いた。

(わたし)(きもち)愴然(しょんぼり)して、今昔を感慨し、(そこ)(みずか)ら此の曲を(つく)った。

千岩老人は黍離()悲しみが有ると以為(おも)ったそう()

 

淮左(わいすいひがし)の名都、竹西の()き処、鞍を解いて(しば)らく初程(たびのはじめ)(やす)む。

春風十里を過ぎる、(どこ)も萕と麦が青青として。

胡馬(えびす)(かわ)窺いて去ってから()後、廃れた池の喬木は、(いま)も兵を言うのは(うとま)しげ。

(しだい)黄昏(たそがれ)て、清角(つのぶえ)が寒々と(わた)る、(ひっそり)した(まち)都在(すみずみ)に。

 

5杜(さん)俊賞(ほめ)たが(おそら)而今(いま)(ふたた)()たら驚くに(ちがいな)い、(たと)(ナツメグ)詞の工みさ、青楼(たかどの)の夢の(すばら)しさでも、深い(おもい)()むのは難しかろう。

6二十四橋は()()る、波の(ちゅうしん)(たゆた)い、冷たい月は無声(おともな)い。

(おも)う、橋の(そば)紅葉(しゃくやく)は、くる年もくる年も誰の為に()くのか知っているのか、と


yang zhōu màn

chún xī bǐng shēn zhì rì,yú guò wéi yáng.
yè xuě chū jì,qí mài mí wàng.
rù qí chéng zé sì gù xiāo tiáo,hán shuǐ zì bì,mù sè jiàn qǐ,xū jiǎo bēi yín.
yú huái chuàng rán,gǎn kǎi jīn xī,yīn zì dù cǐ qǔ.
qiān yán lǎo rén yǐ wéi yǒu shǔ lí zhī bēi yě.

1 huái zuǒ míng dōu,zhú xī jiā chù,jiě ān shǎo zhù chū chéng.
2 guò chūn fēng shí lǐ,jìn qí mài qīng qīng.
3 zì hú mǎ kuī jiāng qù hòu,fèi chí qiáo mù,yóu yàn yán bīng.
4 jiàn huáng hūn,qīng jiǎo chuī hán,dōu zài kòng chéng.

5 dù láng jùn shǎng,suàn ér jīn、zhòng dào xū jīng,zòng dòu kòu cí gōng,qīng lóu mèng hǎo,nán fù shēn qíng.
6 èr shí sì qiáo réng zài,bō xīn dàng、lěng yuè wú shēng.
7 niàn qiáo biān hóng yè,nián nián zhī wèi shéi shēng.

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