顕聖寺の庭の枸杞[1]
1仙苗寿日月 仙苗 日月 寿(なが)し
2仏界承雨露 仏界に雨露を承く
3誰為万年計 誰か万年の計を為し
4乞此一抔土① 此の一抔の土を乞(あた)えたる
5扶疏上翠蓋 扶疏として翠蓋を上げ
6磊落綴丹乳② 磊落として丹乳を綴らん
7去家尚不食 家を去るに尚お食わず
8出家何用許③ 家を出ては何ぞ用って許さん
9政恐落人間 政に恐る 人間に落ち
10采剥四時苦④ 采剥されて四時に苦しまんことを
11養成九節杖 養いて九節の杖と成し
12持献西王母⑤ 持して西王母に献ぜよ
【通釈】
顕聖寺の庭の枸杞
仙人が食べる枸杞の苗は、寿命を長くする。ここでは仏の慈悲の雨露を、注がれている。誰が万年も生きようとして、ひとすくいの土を盛った(植えた)のだろう。枝葉は茂って翠の傘をかぶったよう、実はぶらぶらと赤い乳を垂れている。家を去る(旅する)にも精力がつきすぎるからと食べないのに、出家の身でどうして食うことが許されよう(許されるはずがない)。(なのに寺に植えられたのは)きっと世間に生まれ落ちたら、むしりとられて春夏秋冬、四季苦しむことを恐れたからだろう。(この寺で)九節の杖となるまで育てて、西王母に杖として献上されるがよい。
【任淵注】
①『管子』に「百年の計は、之を樹うるに木を以てす」とある。『漢書』「張釈之伝」に「仮令(たとい)愚民長陵一抔の土を取るとも、何を以てか其の法を加えんや」とあり、注に「抔、音は歩侯の反、手もて之を掬うを謂うなり」という。乞の字は去声の読み。〇『本草』に「枸杞、一名地仙」とある。
②『漢書』「劉向伝」に「梓樹 枝葉を生じ、扶疏として上りて屋を出づ」とある。『蜀志』「先主伝」に「桑樹は童童として小さき車蓋の如し」とある。陸璣の『詩』の疏に「枸杞の子は秋に熟して正に赤し」とある。『文選』宋玉「風賦」に「枳句は巣を来たす(カラタチの曲がった枝振りは巣を引き寄せる)」とあり、李善注に司馬彪を引いて「桐子は乳に似て、其の葉に著いて生ず」とある。此は借用した。
③『本草』の「枸杞」の条に陶隠居が注して、「俗諺に『家を去ること千里、蘿摩・枸杞を食す勿れ』という。其れ陰道を強盛にするを言うなり」[2]とある。
④言うこころは、僧坊に在れば、則ち此を食すを用いず、故に采剥の害を免る。東坡先生の「後杞菊賦」に「吾れ方に杞を以て糧と為し、菊を以て糗と為す、春は苗を食い、夏は葉を食い、秋は花実を食い、而して冬は根を食い、西河南陽の寿を庶幾(こいねが)う」とある。
⑤『本草』に「枸杞は一名仙人杖、一名西王母杖」とある。老杜の詩に「安んぞ仙人九節の杖を得て、拄げて玉女の洗頭盆に到らん」とある。按ずるに、『真誥』に「楊羲、蓬萊の仙翁の赤九節杖を拄(ささ)えて、白竜を視るを夢む」とある。
【補注】
[1]枸杞には「仙人杖」など多くの異称があり、古くから精気を益して寿命を延ばすと伝えられてきた。それが寺に植えられているのはいったい何故だろう、と諧謔の詩を作った。
[2]この俗謡は蘿摩と枸杞についての禁忌で、「摘むと白い乳汁を出す」のは蘿摩のほう。蘿摩はガガイモ、生の葉や茎から出る白い汁は、塗ると蛇や虫さされの解毒になる。若い芽は、茹でたり炒めたりして食用される。乾燥した実や葉は、強精剤として用いられる。
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